シルビア
「はい、どうぞ」
「へ?」
すると、不意に視界に入ってきたのはコン、とデスクに置かれたミルクティーの缶。
いきなり、何?
不思議に思い顔をあげると、そこには笑顔でこちらを見る望がおり、その缶が彼から差し出されたものだということに気付く。
「……なんですか」
「なにって、飲み物。会議終わってから休憩もとってないでしょ。ちょっと一息入れたら?」
「結構です。そんな暇があるならやらなきゃいけないこと沢山ありますから」
「あはは、頑張るねぇ」
こちらのしらじらしい敬語のツンとした態度にも、望はけらけらと笑う。
なによ、なんでこうも馴れ馴れしいのよ。
ていうか……なんでここまで普通に出来るの!?
仮にも元恋人よ!?自分は勝手にいなくなった側よ!?この男には気まずさとかないの!?
「ま、とにかく合間にでも飲んでよ。好きでしょ?ミルクティー」
「……別に」
「いらなかったら捨てていいから」
それだけを言うと、望はひらひらと手を振りフロアを後にする。
捨てていいって……そんなもったいないこと、出来るわけないでしょ。
だけど素直に受け取るのも癪。そんな気持ちから不機嫌な顔のまま、望が完全にいなくなったことを確認してから缶を開けた。
……覚えて、いたんだ。
私がコーヒーが飲めなくて、いつもミルクティーばかり飲んでいたこと。それは、今でも変わらずに。
一口飲めば、口の中に広がるあたたかなミルクの甘さ。
やわらかな味に、つい小さく笑みがこぼれる。
『好きでしょ?』
その小さな記憶ひとつが、こんなにも嬉しいだなんて。