シルビア
胸の奥にずしりと沈む現実に、それ以上の言葉を飲み込んで指をそっと離した。
そんな私に、望は何も言わず私の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「な、なによ」
「いやぁ、そんな顔してよっぽど疲れてるんだと思って」
「そんな顔って……そんなに変な顔してる?」
「うん、なかなか」
なかなか変な顔って……失礼な。
そう怒りたくもなるけれど、今の自分がどんな顔をしているかなんて分からなくて、つい反論の言葉を飲み込む。
へらっと笑い、その手は毛先を遊ぶように指先に絡めたかと思えばゆっくりと離された。
「あんまり頑張りすぎないようにね。すぐ無理するの、悪いクセだよ」
「……なによ、知ったような口ぶりして」
「知ってるよ、凛花のことならなんでも」
柔らかなトーンで話される、望の得意な甘い言葉。
息をするようにするりと出てくるその一言に、分かっていても心は小さく音を立てる。
「じゃあ、また明日。おやすみ」
そう小さく手を振ると、望は来た方向へと歩き出した。それには思わず、先ほどは躊躇った疑問も投げかけずにはいられない。
「って、あれ?望……家どこなの?」
「池袋~」
「はぁ!?」
って……全然方向違うじゃん!!
まさか真逆とは思わず、驚く声を住宅街に響かせる私に、望はへらへらと笑いながら手を振り去って行った。
ってことは、わざわざこっちまで送りに来てくれたってわけだ。
……そういう優しいところ、変わってないなぁ。
そうやって変わらずに優しくするから、また思い出して、切なくなって嬉しくなって、苦しくなる。
泣きたく、なるよ。
「……また明日、か」
涙をこらえて小さく呟いた、当たり前の挨拶。
当たり前のなんてことないもの。けどそれは、明日を約束する言葉。
また、明日。
夜が明けたらあなたに会える。
あなたがいる、明日がある。