シルビア
宇井望というその男は、それはそれはへらへらとした男だった。
私が住むマンションの最寄り駅……八王子駅の目の前にある、大きな書店で働いていたその男。
3歳上で、私より15センチほど高い身長と繊細そうな細い身体をしており、くっきりとした二重と少し幼くも見える顔はどちらかといえばかっこいい方だったと思う。
左で分けた黒い髪をふわりと揺らし、その書店の制服である白いワイシャツと黒いエプロン姿でいつも人懐こく笑っていた。
そんな彼との出会いは、書店内で高いところにある本を取ろうとしたところ、後ろから彼が取ってくれた、というなんともベタなシチュエーション。
……もっとも、当時22歳だった私はそんなベタなシチュエーションに心奪われたわけだけれど。
『はい、どうぞ』
『あ……ありがとう』
『どういたしまして。よく来てくれてるよね。美人だなーって思って見てた』
いつも他の客や店員に対して向けるのと同じように向けられる笑顔と、息をするように出てくる調子のいい言葉は、初めて会話をしたその日も健在。
『こら、宇井ー!喋ってないで仕事!』
『はーい。やべ、怒られちゃったから戻らないと』
『はぁ、じゃあ私はこれで』
『あっ待って待って!折角だし、連絡先交換しない?俺、まだ君と話したいことたくさんあるし』
『へ?』
会話をしてすぐ連絡先を聞くなんて、手慣れているにもほどがある。そんな軽さが信用できず、最初はその申し出を断り必要以上の交流を拒んだ。
……が。彼は諦めることなく、顔を合わせる度に声をかけてきては話をして。それを繰り返していくうちに、悪い人ではないのだと知った。
いつしか彼に会いに、話をしに、書店へと通うようになっていた自分。
そんな自分の本心に気付き、連絡先を交換して……数回ふたりで出かけたり、と一歩一歩道のりを経て、ようやく私と彼は恋人となった。
それから4年近く付き合い、結婚の話もしていた。
気の強い私とへらへらとしている彼、時々喧嘩はあっても仲は良い方だと思っていたし。
だけど月日が経つにつれ、彼から感じるようになったのは妙なよそよそしさ。