シルビア
『ねぇ、望ってば。聞いてる?』
『へ?あ、ごめん。聞いてなかった』
『話くらいちゃんと聞いてって言ってるじゃん。ったく……』
『ごめんごめん。もう、怒った顔も可愛いねぇ。チューしてあげよう!』
『キャー!しなくていい!』
すぐに笑って誤魔化されてしまうからその心の中の本音は分からなかった。
だけどどこか心ここにあらずというか、ぼんやりとしていることも増え、私の話を聞いていないこともしばしばあり。
そんなことを繰り返すうちに、軽く見えるけど誠実な彼に限って、と思いたい気持ちもありながら、私は彼の浮気を疑うようになった。
もしかして、他に誰か相手がいる?
もしかして、私のことがもう好きじゃない?
考えれば考えるほど不安は募り、だけどその問いを投げかけて『そうだよ』と言われるのが怖くて、なにひとつ聞けなかった。
そんな小さなヒビが大きな亀裂に変わったのは、付き合って4年目の記念日のこと。
その日はお互い仕事で休みは取れなかったから、仕事の後に私の家でささやかだけどお祝いをしようと約束をしていた。
残業にならないように大急ぎで仕事を終わらせ、ケーキを買って、料理も作って……あとは望が来るのを待つだけ。
だけど当日、彼が現れたのは時計に『23:00』が表示された頃。
『ごめん!急な仕事頼まれて、断れなくて……』
『……嘘つかないで。さっき書店行ったけど、居なかった』
『それは……、』
本当は書店なんて行ってない。私なりのカマに引っかかった望は、一気に表情を気まずそうに歪める。
どうせ忘れていたのだろう。それ以上の言い訳も出ない彼の言葉を嘘だと決めつけて、私は一方的にそれまでの不安をぶつけた。
『……浮気してるんでしょ』
『えっ!?いや、そうじゃなくて……』
『じゃあなんで!?私のことなんてどうでもいいんでしょ!?もういい、別れる!最低っ……』
『……凛花、』
怒りと悲しみに、深夜だということも忘れて荒げた声。
今思えば何の証拠があったわけでもない。けどそれと同時に、していないという確証もなく、はっきりと『違うよ』と否定もしない。
そのことが、当時の自分にはただただ不安だった。
そのうち泣きながら怒る私に、彼は宥めるように抱きしめて、『ごめん』の言葉を繰り返した。
『……ごめん、凛花。ごめんね』
細い体の感触と、冷たい体温。
その声は、少し泣きそうなものだったことを覚えている。