シルビア
……確かに、そうだ。
私だってそろそろここから進みたいし、進まなきゃいけない。
望はとっくに私なんて忘れて歩き出しているのに、私ひとりが立ち止まっているなんて、悲しすぎるから。
あの日から恋も愛も遠ざけて、逃げていた。そんな私の肌に残る感触は、3年も前に刻まれた、あの馬鹿な男のもの。
こんなの、さっさと消して忘れよう。
大事にとっておいたところで、なににもならないんだから。
腕を掴むこの大きな手。太い指に、熱い体温。
あの手とは正反対のその指先なら、忘れさせてくれるかもしれない。
そうだよね。
時には、空気や相手に流されて始まる関係も、ありだ。
なのに
なのに、
頭に浮かぶのは、あの笑顔。
『凛花』、そう優しく名前を呼んで抱きしめてくれる、望のこと。
「っ……、」
突然ぴたりと足を止めた私に、佐田くんは不思議そうにこちらを振り向いた。
「三好さん?」
「……やっぱり、無理」
無理。
無理だ。
そんなこと、出来ない。
「は……?何言ってるんすか、ここまで来ておいて!」
「ごめんなさいっ……でも無理!本当無理!!」
「はぁ!?ふざけんなよ!無理じゃねーだろ!!」
「無理なんだってば!いや!イヤー!!!」
ここまで来ておいて断ったことで、彼の態度は先ほどまでとは打って変わり、強い口調で腕を引っ張る。
それを拒み、建物へ引きずり込まれまいと踏ん張る私に、通りを歩くカップルたちは何事かと目を向けた。
あぁ、なにをしているんだろう。私。
過去のこと、終わったこと、進まなきゃ。そう言い聞かせておいて、今でもまだ望の感触を忘れたくないと足掻くなんて。
なくしたくない。
3年という月日を経て、薄れに薄れた、消えてしまいそうな温もり。だけど、ほんの一瞬触れただけで思い出すくらい、強く色濃く刻まれた肌。
それを、自ら消すなんて出来ない。
どんなに悲しくても、痛くても、苦しくても。
心が欲するのは、その存在ひとつ。