ユウウコララマハイル
ナツミは休憩室に戻って帰り支度をしつつ、バッグからお守りを取り出した。
手垢の目立たないサテン素材でできたお守り袋は、本来の「学業成就」のご利益をなくしてしまっている。
中には以前お守り袋だった端切れが入っていて、そこには緑の字で言葉が綴られている。
それら全て古沢の手製だ。


その緑の文字をナツミは勝手に「天使語」と呼んでいる。
古代文字で書かれたような難解な言葉は一種のおまじないであるらしい。
古沢いわくこれは「セカコイノウミウンナン」と読むそうだ。
意味は「幸せになる」


ナツミはロッカーから緑色のマッキーを取り出して、見様見まねで小物の裏側に同じ文字を書き始める。


『文字を書くときは一字一字彫るように気持ちを込めて書くんだ』


脳内で古沢の声が響く。


どうかパールが幸せになりますように。


素敵な飼い主が見つかりますように。


自分にそれを叶える、人智を超えるような力があるとは思えないが、やらないで後悔するより、やって後悔したほうが断然によい。


書き終えたら、水槽に入れて帰ろう。
今日の仕事はこれでおしまい。
しかし、


「なんか、うまく書けないんだけど」


絵心がないのは知っていたが、模写は比較的得意なはずだった。
その自信さえも砕くような酷い字だ。
試しに別の紙にも書いてみたが、やはり書けない。
頭に入力された文字は手から出力される間に、別の文字に変換してしまっているような。


不思議なこともあるのだなと、書くたびに変わる記号のような文字に、魔法という言葉が思い浮かんだ。


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