ユウウコララマハイル
沈黙が食卓に沈む。


そんな雰囲気で静かに口火を切ったのは古沢だった。


「でも、不っ思議なんだよなぁ」


しみじみ呟いた古沢になにがと聞くと、丁寧に箸を置いた。


「園長とマスターも仲がいいはずなんだよ。マスターが園長って呼びながら接客してたことがあるはずなんだ」
「“はず”?」
「俺って人の顔は覚えられるのに、名前は忘れるんだよなぁ。だからしょっちゅう名前と顔が一致しない。よっぽどの常連でない限り誰かわかんないんだよ。だから曖昧っーか、なんつーか。断定できないんだけど、『園長、園長』ってマスターが話していたところを何度か聞いた気がする」
「マスターのところもときわ幼稚園だよね?」


確認しなくても、ここら辺は大体「ときわ幼稚園」に入園する。
なにせこの一帯では一件しかない幼稚園で、私立といっても半ば市立のようなものなのだ。


そのときわ幼稚園はナツミとも縁が深い。
幼い頃もちろん通っていたし、その当時の園長は親戚で、ナツミの母も兄を出産するまではそこで教員をしていた。
相当ブランクがあるが、ナツミが上京した頃合に「復職したらしい」とアカネから聞いている。


背筋に悪寒に似たものが走って、ナツミの身体がぶるっと震えた。
古沢が怪訝に辺りを見渡した。


「寒い?」


古沢のTシャツは汗でへばりついている。
外では夏の虫が競いあうように鳴いている。
的外れな言葉に呆れるばかりだ。


「明日休みだからランチ行くね」


天使屋なら充分に涼めそうだ。



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