ユウウコララマハイル
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ランチに行くと言いながら、中村が来店したのはマスターがよく週刊誌を買いに行く時間だった。
店内はほどよく空いており、カウンター席は中村ひとり。
今日はジャンプを買う月曜日ではなかったけれどマガジンとサンデーを買う水曜日で、中村来店の旨を事前に聞いたマスターは、一足先に「来るついでに買ってきて」という連絡を入れていたようだ。


中村が食べているのは正規のランチメニューではなく、来月旬モノとして出される予定の「サーモンと栗のクリームパスタ」。
サーモンの薄づきのピンク色と、栗の柔らかい黄色、そしてブロッコリーの緑色が全体を引き締めて色鮮やかにさせている一品だ。
もちろん今のところスタッフのまかないで、絶賛試作中の代物だ。
中村も最初に断ったあと「なにかが足りない」とぼやいている。


そして次に食べているのは雑誌のお礼として出されている、今月の新作であるデザート「ライムパイ」。
輸入物のライムは一年中手に入るけれど、国産の旬は九月なのだそうだ。
ほどよい酸味があってさっぱりした大人の味に仕上げたパイ。
中村に入れた珈琲はマスターがブレンドしたマイルドタイプのものだ。


「季節関係なく珈琲はホットがいいですね」


中村はマスターに笑顔を向けている。
何度見ても嘘臭い笑顔だ。
明らかに中村の顔は接客モードで、いつもの素直さがない。
しかもマスターも同じで笑顔の裏側になにかを隠している。
明らかにマスターの機嫌がいいのは、中村より優位な立場にいるからだろう。


『マスターが園長の名前を知らないなんて、信じられない。常連さんなんでしょ?』
『だって園長は園長なんだから、それ以外の名前は不必要でしょう。僕がマスターって呼ばれているようにね』


そんな会話をしたのが数分前のことで「園長」の話題もそれきりなのだが、明らかにふたりの間に流れる空気感が変わってしまった。


油断していると中村の刺すような視線がカケルに向かってくる。
それもマスターの視界に入らないように送ってくるのだ。
マスターが席を外そうものなら、その瞬間に舌打ちしそうだ。
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