ユウウコララマハイル
古沢は一度も休憩することなくパソコンに向かっている。
ナツミが夕方休憩で入れてあげた珈琲も手つかずで、よくそれだけ集中が続くよなぁと感心するものの、必死さも伝わってくる。
だからこうして自分だけは最後までつきあおうとは思っている―――まだ無茶ができるほど若くてよかった。


「古沢、今日はもう帰ろう。明後日、みんな休日返上で来てくれるんだから、そんなに根詰めても身体壊すだけだよ」


おそらく古沢はすでに、壊れているのかもしれない。
時折見る錠剤を呑む姿、市販の胃薬を愛飲しているようだが、箱に書いてある一日の容量を超えているに違いない。
古沢は「んー」と空返事をした。


古沢のクリーム色の髪が蛍光灯に反射して淡く光っている。


そんな特異な外見を生かすことなく、それが返って悪目立ちしてしまっている。
古沢の一挙手一投足で話題になるし、言われないことでも不満を言われてしまうこともある。
特に新人の印象は最悪で、人に頼むより自分でやってしまったほうが早いから仕事を頼まないと思われているし、ナツミの目から見ても明らかに困っている人がいても、おそらく古沢は気づいていないだけなのだが、無視しているように受け取られる。
ナツミは古沢を前に萎縮してしまう新人に「言葉で気持ちを伝えないと伝わらないんだよ」と背中を押しても、“自分は古沢さんに嫌われているんじゃないだろうか”という疑念を持ってしまっている彼らにはほとんど通用しない。
その一連の流れを『古沢の壁』と勝手にナツミは名づけていて、それを越えられた者だけが長く勤められる。
しかしそんな猛者たちも過酷な労働に音を上げ辞めてしまう。
ナツミも転職しようと密かに企んでいるが、給料だけはいい会社なので踏ん切りがつかないでいる。
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