Grape and Rosine ―愛のケーキ―
ブドーとロジーネ

1 パティシエール・ロジーネ


「こんばんは!ロジーネです。今夜もごきげんいかが??」


今夜も、テレビ番組「ロジーネのパティスリー」が始まった。僕は、ロジーネのマネージャーで、今日も彼女に付き添っている。特に、今夜は大切な日なのだ。


控室のポスターテレビの画像で見る彼女は、ひときわ美しく輝いていた。少し生気がないが、そこも彼女の魅力で、人気のポイントだった。


ロジーネは、人気のパティシエールだ。テレビでしか活躍せず、その正体は謎めいている。しかも美人だ。それで、これまでは莫大な人気を誇ってきた。このトーキョーシティでは、知らぬ者のない人気者、それが彼女だった。淡い栗色のさらさらした髪、漆黒の揺れる瞳は、まるで彼女の愛用の鉄鍋のように黒々と輝く。その美貌も、この何十年衰えない。


しかし、彼女のクッキングショーも今日が最後だ。彼女は引退するのだ。
引退の理由は、僕にも知らされていない。だが、彼女はちっともかまわない、という平気な顔をして、細い手でハンドミキサーをあやつっている。彼女の気持ちなど関係ない、いや、彼女に引退を惜しむ気持ちなど……。

「さあ、みなさん、そのかわいらしいお鼻を画面にくっつけてね。いつものように、あれをやりますからね」

ロジーネが、笑顔でウインクすると、カメラは彼女が果物を煮込んでいる銅鍋に寄り、近くから鍋の中を写す。そして、その香気を含んだ湯気を、特殊な機械がキャッチして、分析し、においは変わらないが、成分の異なる微粒子を含んだ温風に変える。このことで、昔の人、昔、たとえば21世紀では考えられなかったような、テレビからかぐわしい香りが放たれ、視聴者が堪能できる仕組みになっている。それは、においばかりではない。

それから彼女は、レードルですくった煮詰めたシロップやクリームを、ふうっと息で吹きかけて視聴者に届け、また鍋からそのかわいらしい指でおやつをちょこっとすくって、これまた特殊な機械で、テレビの前に陣取るハッピーファミリーたちがぺろりとなめている金属製のスティック(スティック自体にも、いくつもの美味なる味があり、個々人の好みで買うのだ)に作りたてのおやつの味が届くようにする。ロジーネいわく、「おやつのつまみぐいコーナー」だ。これもまた、ロジーネの番組が、人気が高かった点でもある。

引退の発表は、番組の最後だ。まだ時間があったので、僕は一服しようと電子煙草を(マイナスイオンが放出される最新作だ)ポケットからとりだして、休憩室へ向かった。

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