きなこ語り~キスの前、キスの後~
それから、探偵事務所に紹介してもらった弁護士を経由して男と対決するための段取りが組まれていった。
そして、当日。
お昼を少し過ぎた頃。
玄関には、心配そうにお父さん、お母さんを見送るみいちゃんと颯太くんがいた。
自分もその場に行く、と言い張っていたみいちゃんだったけど、心配したお父さんの命令で、今日は一日自宅待機だ。
颯太くんは、今日が対決の日だと知ると「一人でいるより気が紛れるだろ」と言って、家に来てくれた。
「大丈夫?気をつけてね」
「大丈夫よ、弁護士先生もついててくれるから」
「じゃあ、行ってくる。鍵しっかり締めてな。颯太くん、今日はありがとう」
「颯太くん、私たちがいない間、よろしくお願いします」
頭を下げるお父さんとお母さんに、颯太くんが慌てて言った。
「いやいや!やめてください、そんな、大げさですよ。
ほんの数時間、ここに居るだけですし。お二人こそ、気をつけてください」
「ありがとう。行ってくるよ」
お父さん、お母さん、頑張ってね。
私はそう言ってるつもりで、ドアの向こうに消えていく二人にニャウンと小さく鳴いてみる。
聞こえたかな。
お父さんとお母さんがいなくなると、みいちゃんはお父さんの言い付け通り、しっかり鍵を締めた。
「颯太、今日は来てくれてありがと。リビングに行くよね?
私、コーヒー淹れてくるから。きなこと二人で待ってて」
そう言ってキッチンへ向かうみいちゃんの背中を見送ったあと、私は颯太くんに抱っこされてリビングに移動した。
颯太くんは大きめのソファに腰を下ろすと、膝の上にいる私の顎を、折り曲げた人差し指の背で撫でながらポツリと言う。
「なぁ、きなこ。アイツやっぱり、元気ないよなぁ。
…まあ、今日は仕方ないか。
おじさんとおばさんが帰ってくるまで心配なのはどうしようもないよな」
そうだね、颯太くん。
私もそう思うわ。
目を細めながら同意する(気持ちはある)私。
静かなリビングにしばらくの間、颯太くんの指の動きに合わせて、首輪の鈴がコロコロと響き続けていた。
「お待たせー」
そのとき、パタパタと軽いスリッパの音とともに扉が開き、コーヒーカップをトレーに載せたみいちゃんがリビングに入ってきた。
颯太くんが腰を浮かせて立ち上がったタイミングで、私は膝から下りて、クッションの上に飛び移る。
颯太くんは、みいちゃんが持ってきたカップやミルクピッチャーを受け取ってローテーブルに移動させると、すぐそばに置いていた青い袋を彼女に手渡した。
「瑞季、これ。好きそうなやつかと思って借りてみたんだけど。良かったら、時間潰しに観るか?」
「いいの?ありがとう。…何の映画?」
「中、開けてみて。観たことあったらごめんな」
みいちゃんは袋の中を覗いて中身を確認すると、ニッコリ笑って言った。
「ありがと。この映画、観たかったんだ」
「観たことないやつか?」
「うん」
でも、DVDが再生されてすぐ、私は気づいた。
この映画は、みいちゃんが大好きで、お部屋に置いてあるDVDと同じもの。
つまり、何度も観ている。
社会派ジャーナリスト志望だった女の子が、ファッション誌業界で成長、活躍していくストーリー。
お母さんに「また、観てるの」と言われても、楽しげに観ている彼女の傍らにいたことがあるから、私も知っているのだ。
だけど。
お洒落に興味のなかった主人公がどんどん綺麗になり精神的にも成長していく姿を映す作品は、颯太くんが彼女の好きそうなものを知っていて、彼女のために選んだことを物語っている。
きっと、それが嬉しかったから。
颯太くんの気持ちが、嬉しかったから。
だから、彼女はその事を告げずに映画を観たのだろう。
彼女がついた小さな嘘と、心からの笑顔の理由。
それを知らない颯太くんはそれでも、嬉しそうに画面を見つめるみいちゃんを見てから、小さく微笑む。
和らいだ空気に少し安心した私は、クッションの縁に顎を乗せると身体を横たえ、一眠りすることにした。
そして、当日。
お昼を少し過ぎた頃。
玄関には、心配そうにお父さん、お母さんを見送るみいちゃんと颯太くんがいた。
自分もその場に行く、と言い張っていたみいちゃんだったけど、心配したお父さんの命令で、今日は一日自宅待機だ。
颯太くんは、今日が対決の日だと知ると「一人でいるより気が紛れるだろ」と言って、家に来てくれた。
「大丈夫?気をつけてね」
「大丈夫よ、弁護士先生もついててくれるから」
「じゃあ、行ってくる。鍵しっかり締めてな。颯太くん、今日はありがとう」
「颯太くん、私たちがいない間、よろしくお願いします」
頭を下げるお父さんとお母さんに、颯太くんが慌てて言った。
「いやいや!やめてください、そんな、大げさですよ。
ほんの数時間、ここに居るだけですし。お二人こそ、気をつけてください」
「ありがとう。行ってくるよ」
お父さん、お母さん、頑張ってね。
私はそう言ってるつもりで、ドアの向こうに消えていく二人にニャウンと小さく鳴いてみる。
聞こえたかな。
お父さんとお母さんがいなくなると、みいちゃんはお父さんの言い付け通り、しっかり鍵を締めた。
「颯太、今日は来てくれてありがと。リビングに行くよね?
私、コーヒー淹れてくるから。きなこと二人で待ってて」
そう言ってキッチンへ向かうみいちゃんの背中を見送ったあと、私は颯太くんに抱っこされてリビングに移動した。
颯太くんは大きめのソファに腰を下ろすと、膝の上にいる私の顎を、折り曲げた人差し指の背で撫でながらポツリと言う。
「なぁ、きなこ。アイツやっぱり、元気ないよなぁ。
…まあ、今日は仕方ないか。
おじさんとおばさんが帰ってくるまで心配なのはどうしようもないよな」
そうだね、颯太くん。
私もそう思うわ。
目を細めながら同意する(気持ちはある)私。
静かなリビングにしばらくの間、颯太くんの指の動きに合わせて、首輪の鈴がコロコロと響き続けていた。
「お待たせー」
そのとき、パタパタと軽いスリッパの音とともに扉が開き、コーヒーカップをトレーに載せたみいちゃんがリビングに入ってきた。
颯太くんが腰を浮かせて立ち上がったタイミングで、私は膝から下りて、クッションの上に飛び移る。
颯太くんは、みいちゃんが持ってきたカップやミルクピッチャーを受け取ってローテーブルに移動させると、すぐそばに置いていた青い袋を彼女に手渡した。
「瑞季、これ。好きそうなやつかと思って借りてみたんだけど。良かったら、時間潰しに観るか?」
「いいの?ありがとう。…何の映画?」
「中、開けてみて。観たことあったらごめんな」
みいちゃんは袋の中を覗いて中身を確認すると、ニッコリ笑って言った。
「ありがと。この映画、観たかったんだ」
「観たことないやつか?」
「うん」
でも、DVDが再生されてすぐ、私は気づいた。
この映画は、みいちゃんが大好きで、お部屋に置いてあるDVDと同じもの。
つまり、何度も観ている。
社会派ジャーナリスト志望だった女の子が、ファッション誌業界で成長、活躍していくストーリー。
お母さんに「また、観てるの」と言われても、楽しげに観ている彼女の傍らにいたことがあるから、私も知っているのだ。
だけど。
お洒落に興味のなかった主人公がどんどん綺麗になり精神的にも成長していく姿を映す作品は、颯太くんが彼女の好きそうなものを知っていて、彼女のために選んだことを物語っている。
きっと、それが嬉しかったから。
颯太くんの気持ちが、嬉しかったから。
だから、彼女はその事を告げずに映画を観たのだろう。
彼女がついた小さな嘘と、心からの笑顔の理由。
それを知らない颯太くんはそれでも、嬉しそうに画面を見つめるみいちゃんを見てから、小さく微笑む。
和らいだ空気に少し安心した私は、クッションの縁に顎を乗せると身体を横たえ、一眠りすることにした。