きなこ語り~キスの前、キスの後~
「……た、」
…ん?
「そ…た」
みいちゃんの声が聞こえる。
うつらうつらしていた私は、耳をピクピクさせて片目だけ開けてみた。
「ねぇ」
「颯太、このまま寝たらダメだってば」
だんだんハッキリとしてきた視界に映るのは、困ったように隣の颯太くんを揺さぶっているみいちゃんの背中。
映画が流れていたはずのテレビは、DVDのメインメニュー画面になっていた。
映画は見終わったのだろうか。
何やってんの、この人たち。
私は眠くてボーッとした頭のまま、クッションの縁に顎を乗せて二人の様子を眺めていた。
「ん……?」
「ねえ、ちょっとでいいから起きて。疲れてるんでしょ?少しでも寝るなら、ちゃんと横になった方がいいよ」
一生懸命言う彼女の言葉に、颯太くんがようやく目を開ける。
それまでしていた腕組みを解くと、額に手を当てて言った。
「あー、悪い。寝てたか俺」
「うん、ちょっとだけね。ソファーで横に…あ、そうだ。
お布団敷いて来るから、そっちで寝ていいよ」
言いながら立ち上がったみいちゃんを、颯太くんが引き留めて首を振る。
「いやいや、瑞季。布団敷かなくていい。そんなガッツリ寝たら何のために来たかわからない」
「そんなの、別にいいから。この家にいてくれるだけで十分。私、知ってるんだよ?ホントは忙しいんでしょ。
昨日、明け方まで颯太の部屋の電気ついてたよね。
遅くまで大学院の課題か何かやってるんじゃないの?」
「昨日はたまたま…」
と言いかけた颯太くんの言葉は、みいちゃんによってピシャリと遮られた。
「嘘。ここのところ、毎日遅くまで電気ついてる。昨日だけじゃないのに、誤魔化さないでよ」
「………」
あれ、まぁ。
普段、ここまで彼に対して強気なみいちゃんは、見たことないぞ。
颯太くんが形勢不利になるのも、珍しい。
私は、目だけキョロキョロさせながら興味深く、話の行方を見守ることにした。
「今だって。それほど静かな映画じゃないのに、すぐ寝ちゃってたじゃない。
そんなんじゃ疲労溜まって倒れちゃうよ。来てくれて嬉しいしありがたいけど、気になるよ」
「大丈夫だよ、気にすることなんてない。ちょっと寝てないくらいで死にゃしない…」
「そうかもしれないけど!」
焦れったそうに、みいちゃんが声を張り上げる。
「…せめて、私が映画観てる間だけでも寝て。少し休んでよ。私だって、颯太が心配なの」
なおも反論したそうに顔を上げた颯太くんは、彼女の真剣な顔を見ると、開きかけた口を閉じた。
それから、一瞬の間のあと。
颯太くんが、大きな手のひらで彼女の頭をポンポンと優しく叩きながら、柔らかな表情で言った。
「わかったよ。わかったから、そんな顔するな」
「そんなって…どんな顔?」
「泣きそうな顔。昔から俺は、瑞季の涙に弱いんだからな、泣くなよ」
「嘘だ、そんなの初めて聞いたよ。そもそも泣いてなんかないし」
フフ、とふたりで笑い合う。
なんだかわからないけれど、言い合いは終わったみたいだ。