きなこ語り~キスの前、キスの後~
それは、みいちゃんが大学2年生のころ。
彼女は当時、アルバイトしていたパン屋さんに来るお客さんにつきまとわれて困っていた。

そのお客は、サラリーマン風の男だ。
毎日来ては、店内を動き回る彼女をイートイン席から長時間見つめる。

お客なんだし、店内で話しかけられれば言葉の一つや二つ交わすだろう。
それが勘違いを生むきっかけになることもあるかもしれない。

けれど男とみいちゃんの間において、それは無かった。
男は決して、彼女に話しかけてこない。
それどころか、洗ったトングやセルフサービス用の水が入ったポットを
置きに、彼の傍を通りがかっただけで真っ赤な顔をして逃げていく。

最初のうち、彼女は
「変なの」
「気のせいかもしれないけどね」
とただ首をかしげて語っているだけだった。
が、じきに、そんな呑気な状況ではなくなる。

お店が混もうが何だろうが、安いパン一つとお水で長時間居座る男は、
やがて他の常連客からも、不気味がられるようになった。

見かねた店長が問い詰めれば仕方なく席を外すが、
しばらくすると別の離れた場所から視線を投げてくる。
警備員に追い払われても同じだった。

そんな日々が続いてとうとう、みいちゃんが
「怖い、どうしよう」
と言い出すようになる。

アルバイトを終えてバックヤードから出てくるとき。
大学の最寄り駅を歩くとき。
自宅の最寄り駅に着いたとき。

その全てで、彼女の視線の端に男が映りこむようになったからだ。

アルバイトはお休みせざるを得なくなった。
それでも、アルバイトは休めても大学は休めない。

心配するお父さんやお母さん、家が近いお友だちに付き添ってもらっての
行動も、毎度毎度は大変だ。

警察にだって相談したけれど、「遠くから見ているだけの男に出来ることは
無い」と言われてしまい、話にならない。

運悪くその時期は、ボディーガードになってくれそうな彼氏もいなかった。

困り果てていたある日、お母さんが、遊びに来ていた颯太ママに
一連の問題について愚痴半分で話した。

すると、颯太ママが言った。

「ウチの颯太を貸してあげるわよ」

当時はまだ大学院生だった颯太くんは、颯太ママが大事にしている
ティーカップを割ったとかで、
「颯太ママの言うことなら何でも聞く」
ということになっているそうだ。


戸惑う彼女をよそに、母親二人の話はどんどん進み。

かくして颯太くんは、みいちゃんの運転手兼ボディーガードとなったのだった。


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