君がいるだけで 〜時をかける恋物語〜
始まりは、1つの告白
1
桜が、風に踊りながら散っていく。
3階の教室からは、正門とその周りを彩るように咲く桜ー風に吹かれるたびに散ってしまう桜の花びらが見えて、その瞬間、浮かんだフレーズ。
「……」
頬杖をつきながら、まだ仲良くなれていないのか、同じ中学校同士で固まるクラスメートを、無造作に見つめた。
私、影原信乃。高校1年生、15歳。
新たな生活、ステージの幕開け。入学式を終えてからの、登校1日目。舞い散る桜が、そのことをお祝いしてくれてるようだった。
「なっ、影原さん」
「あっ…何?」
西天川(あまがわ)高校、入学7日目。過ごし始めてから早くも1週間を切り、ようやくこの学校にもクラスにも慣れ始めて、でもまだ妙に緊張が残っている、そんな日。クラスの中の人間関係も徐々に見え始め、グループごとに、俗に言う「見えない境界線」が張られ始める時。
帰りの会が終わり、トイレに行った友達を待っていると、クラスメートが私に声をかけた。クラスの人は、内気な私に何かと声をかけてくれる。それはもちろん、女子も…そして、男子も。
「影原でいい? 俺らこれからクラスのメンバーとか前の学校の奴らとか誘い合わせて、ごちゃまぜで遊ぶんだけどさ、よかったら影原も来ない?」
「……」
どうやら、クラスの代表で来ているらしい。私が無言だったのをどう勘違いしたのか、「ああ、俺、海藤ね」と自己紹介してきた。
「いやさ、ちょっと同中のダチに女子も連れてく、って約束しちゃって...それにほら、影原って結衣としかいないし、クラスの奴らとあんま会話しないじゃん? クラスメートだし、早く仲良くなりてーしさあ」
そう言うと、海藤君は馴れ馴れしく私の肩に手を乗せる。
ドクン。
た、耐えなきゃ。
せっかく、誘ってくれてる。せっかく…。
手から汗がたれてくる。
海藤君は、帰り会が終わったというのに、まだ帰る雰囲気のない男女を指差した。
「ねえ、影原もあっちで喋ろうよ」
次の瞬間、海藤君は強引に私の手を取った。
鼓動が耳のすぐ横で鳴ったように感じて、私は慌ててその手を振り払う。
「やめて!」
「え」
「……あ」
「えーっと…」
きっと、自分から皆に話しかけない私を気遣って、友達を作るキッカケを設けてくれたんだと思う。
そんな親切を、振り払ってしまった。
海藤君は汗ばみながら、場を和ます言葉を捜しているように見えた。
私の声が大きかったのか、皆がこっちを見ている。教室は静まり返っていたが、ある男子がニヤけ顏で「ナンパ〜?」と冷やかすのを合図に、他の男子が次々と乗っかっていく。
「勇気あんなー。いや、とてもマネできない」
「ヒューヒュー」
「さっすが! イケメン君は一味違いますってかー?」
女子もそれを見て、クスクスと笑いを漏らす。
「バッ…!」
海藤君は反論しかけて、口をつぐんだ。ここでもし下手なことを言えば、私に迷惑がかかる...そう思っての行動に見えた。
海藤君は、からかう男子を「なんだー、やんのかー」って、おさめながら、困ったようにこっちを見て、苦笑いする。
自分は全然悪くないのに、「ごめんね」とでも言うような顔をして。
「ー!」
その場にいられなくなって、チャックが開いたままのバッグを取り、早足で教室のドアまで向かう。
「あ、ちょっ…」
近くまで駆け寄ってきた海藤君の、声と足が止まった。振り返った私の顔が、あまりにも形にならない笑顔だったから?
「ーーごめんなさい…」
海藤君にだけ聞こえるような小さな声で、独り言のように呟くと、私は素早く、その場を立ち去った。
あれから5分ー
教室を出て廊下の突き当たりを曲がり、丁度教室からは視覚になる位置まで来ると、どっと力が抜けた。壁にとたれかかるようにして、息をする。
まだ、心が震えてる。すごい速さで脈を打ってる。
ただ、肩に手を乗せられただけ。
触れられただけなのにー
相変わらず震える脈を整えるように、私は何度も自分にそう言い聞かせた。
自分の性格が、怖くなった。
厄介なことに私は、昔からー生まれてきた時から?ー「男性恐怖症」なのです。
だから小、中学は休みがちで、友達も少なく、この高校にいる私の知り合いは、幼馴染である久保田結衣、ただ1人。結衣ちゃんの後押しもあって、高校に通うことを決心した。
ー結衣ちゃんが、皆に説明してくれるかも。
そんなことを思うと、少しだけ胸が軽くなった。
翌日、結衣ちゃんからメールが届いた。
『昨日は助けてあげられなくてごめん。
トイレに行ったら、仲良くなった子がいて、つい喋りこんじゃって…
でもよく考えたら、皆 信乃のこと知らないもんね。ちゃんと説明しておいた。
だけど、女子が言ってたの。
男子には言わないほうがいい、気まずくなるだけだって。
私達女子で、なるべく信乃をサポートするから…。それでも、信乃は平気?ちゃんと学校に来れる? 多分今日はお休みなんだろうけど。行動パターンが手に取るように分かるって、なんだか怖いね。
あ、後、可哀想な人が約1名。海藤君、すっかり元気なくしてるのよ。すっごい不機嫌。
女子なんてもう言っちゃおうとか言ってるし、なだめんのにも一苦労。
明日はちゃんと来るだよ!』
「……」
メールは、ズバリ当たっていた。
今日はお母さんに仮病を使って、学校をお休みしたのだ。
何が理由だったわけでもない。ただ、学校に行くのが嫌だった。海藤君に会うのも、女子に気を使われるのも、色んなことにビクビクしながら過ごす…そんな自分も含めて嫌だった。
けど、どうにもならない。学校には行かなければならない。
ーん?
結衣ちゃんからのメール、何行も改行した後に、何か……P.S.…?
『そろそろ、信乃も男子に慣れないと。社会に出てから困るし、このまま大人になったら大変。そんなこと、誰よりもよく分かってるよね?
好きな人できたら、何か変わるかも?
新たな出会いに期待!ってことで学校おいで。
待ってるからね。
結衣』
男子慣れー。
自分でも分かってる。このままじゃ、だめ。
でも、男子と関わることなんてできない。喋ることや、ある程度近づくことは、小、中学校のおかげでなんとかできる。でも急接近したり、何かの弾みで触れたり、長時間一緒にいたり、そんなことがあるたびに、鼓動が速くなって、発作みたいになる。
今まで何度も試してきた。だけどその度に失敗した。
心は、本能は、いつでも「男」を怖がっている。
そんな私に、恋なんてできっこないよーー