雪道
1
 降り注ぐ日射しは、ひらりひらり舞い降る雪を溶かしながら進んでいた。
 卯月の空にいる奇妙な二者は、創造者と破壊者であった。
 静かなる侵略者、白き切なさと呼ばれる雪は、この地方にとって特別なものであった。
 この地方では、何年かに一度、季節を問わず雪が降る。桜の咲く春にも、向日葵の咲く夏にも、銀杏の咲く秋にも、それらがすべて身を隠す冬にも。
 言ってみれば雪は冬の訪れを告げるものではなく、季節を覆い隠すものなのだ。
 それは水が凍った集まりではなく、化粧なのである。
 春化粧、夏化粧、秋化粧、冬。
 柔らかく、優しく、人が愛でる白き花の舞い。
 冬にしか見れぬのは、厳しき自然の中には美しさがあるからである。
 しかし、いいではないか、そうではなくとも。そんな願いが天を変えたのかもしれない。
 人は桜と見たいのだ、向日葵と見たいのだ、銀杏と見たいのだ、そして冬に絶望するのだ。
 冬以外に降る雪はすぐに名を変える。もはや雪ではない、ただの雪であったものになる。
 雪にとっては人肌でも熱すぎる。ひとつとて同じ姿なき雪は、一期一会の出会いを死を迎えて終える。
 冬の厳しさの中にしか、己の存在を維持できる場はないのだ。彼らは互いに手を結び、必死に自己を守ろうとする。夜はその格好のときである。邪魔な太陽はただ月を照らすことに専念している。月の光は彼らを溶かしはしない。母のように優しく見守ってくれる。
 だが人は逆である。人々は太陽を待ち望む。この季節の終わりをじっと待ち望む。世界は白く染まる。道も、山も、家も、何もかも。
 彼はまっさらな白い道を見ていた。卯月の道は桜道、文月の道は向日葵畑、長月の道は銀杏並木、冬の道は雪道。
 彼のスノーシューズは、白いオブジェを作りながら前進していった。
 今年はいい年だった。来年はもう雪は降らないだろう。
 大晦日の月を見て、彼はふと足を止めた。暫く月を見上げていた。
 明日は晴れだって言ってたっけ。
 ひとり呟いてまた歩き始めた。
 彼は歩いている。一歩一歩着実に。その先にあるのはなにか。
 人は何故雪道を歩くのか。
 それは春が来ることを知っているから。
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