獅子王とあやめ姫
 「ティグリス殿下なら西館の客間にいらっしゃったそうです。」

 トリーフィアの言葉にイゼルベラはかすかに眉をひそめたが、すぐに明るい王女の顔に戻った。

 「客間?何をなさってたのかしら。来賓があるとは聞いていないわよ。」

 「わたくしもそこまで存じ上げません。…噂好きの侍女達なら知っているのでは?」

 王女が裁縫の稽古を抜け出すのを、止めるどころかホイホイと付いていった侍女達を、皮肉を込めた目で見るトリーフィア。

 「拷問されていた町娘を介抱させてらっしゃったそうです。その町娘は濡れ衣だったということで。さすがイゼルベラ様の兄上様ですわぁ。」

 「無実の罪で町娘が…そう、可哀想に。」

 噂好きの侍女達は、てっきり兄を強く慕う王女は嫉妬心を抱くと思っていたが、彼女の目に浮かんだ色を見てアテが外れたような気持ちになった。

 顔を見合わせる侍女達を尻目に、イゼルベラはよく磨かれた階段をしかと踏みつけるように上がっていった。
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