獅子王とあやめ姫
 こちらを向いて幸せそうに微笑んでいる女性。

 彼女が、あまりにも母に似ていたのだ。

 下がった眉にふんわり上がった口角、目の下にうっすらある涙袋まで、在りし日の母のものとしか思えなかった。

 次第にぼやけつつあった母の面影が、磁石で引き寄せられる砂鉄ように甦ってくる。

 驚きは心臓の鼓動を速め、うぶ毛を逆立たせた。

 (似てる。本当に、似てる。他人の空似?それとも母さんの姉?妹?)

 だが感傷に浸る時間も誰が描かれているのか考えている時間も、驚いている時間もなかった。

 下の方で、分厚い扉が重々しく開くギィィィという音が耳に届いた。

 誰かがこの塔へ一階から入ってきたのだ。  
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