獅子王とあやめ姫
 一瞬、時が止まったかと思った。

 嫁入り?

 話が飲み込めず、もう一度訊き返す。

 「…あの、私は何をすれば良いんです?」

 目をしばたたかせ呆然とするイーリスに苦笑する客人二人。

 「だから、結婚するのさ!もちろんお前さんの気持ち次第だがな。」

 背中をバンッと叩くおじさん。

 普段なら痛いーと言って軽口の一つでも叩くところだが、今回は何も言うことが出来なかった。

 いやあ娘が嫁に行く時の父親の気持ちが分かった気がするぜ、ともう決まったような口調で嬉しそうに言うおじさん。

 おじさんが食べるトラグナの衣のサクッとした音がやけに大きく聴こえる。

 なんとか言葉を次ぐイーリス。

 「相手の方は何と__。」
 「イーリス、ぶどう酒が切れちゃった。どうしよう?」

 一緒に働いている2歳下のカトテナが会話に入って来た。

 藁にしがみつくようにイーリスは彼女の方へ向き直った。

 「分かった、買ってくる。荷車はある?」
 「あったと思うよ。一人で大丈夫?」
 「うん。じゃあ、ここは頼んだ。」

 噂が広まるのは早い。

 カトテナが去って行くのをしっかり確認してからイーリスは客人二人に向かっていった。

 「あの、その、お話…考えさせて下さい。相手側のお気持ちも知りたいですし。…失礼します。」
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