獅子王とあやめ姫
 ねっとりと撫で回すような独特な口調は十数年前と変わっていなかった。

 客の笑い声や話し声、注文されたトラグナを揚げている油のはぜる音が耳に大きく響く。

 驚きと恐怖で声も出ないフレジアの様子を気にする風もなく男は続ける。

 「俺が来たってことは…分かってるよねえ。」

 油の音より耳にこびりついてくる男の言葉。

 「どうしてわざわざ来たの。私たちを殺すつもりなら強盗にでもなんでも見せかけて黙ってやればいいじゃない!」

 イーリスにまで接触して、どういうつもりなのだろう。

 フレジアが語気を荒らげたことが意外だったのか、男はひょいっと眉を上げた。

 「あのクソ狸は回りくどい事が大好きだからねえ。」

 男の嘘に気付かないフレジア。

 「…もう、終わったはずじゃ__。」
 「俺はこう見えて忠誠を誓ってるんだよなあ、国に。今の王家じゃなくてアレティス様が輝かせたこの国に、ね。」

 はっ、とすがりつくように顔を上げたフレジアを男は楽しそうに眺めた。

 そういうことだよねえ、と少しだけ遠い目になる男。
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