獅子王とあやめ姫
 医者が顔を見ると、イーリスは既に何を言われるか察しているような表情をしていた。

 「アイアスのお母さん…助かりそうにないですか?」

 自分で口に出して暗い顔になるイーリス。

 同じような貧しい家々が並ぶ通りを見るとなしに眺めながら、医者が言いにくそうに切り出した。

 「ああ。肺炎だ。もうかなり厳しい。あの薬は気休め程度のもんだ。特効薬も無いことはないんだがな。」

 その特効薬の値段を尋ね、イーリスはため息をついた。

 アイアスの給料どころか、イーリスの宿屋にもありそうにない額である。

 「不公平にも程があるよ……。」

 通りで枯れ枝を振り回して遊ぶ、がりがりに痩せ細ったアイアスより小さな子供達に目を向ける。

 「お城の姫殿下は海の向こうのずっと先から秘薬をお取り寄せなさったんでしょ?ノミに噛まれたとかで。」

 取り付けの悪い玄関のドアの隙間からアイアス達の様子を伺う。

 話が聞こえている様子はなさそうだった。

 「まあ王族は特別だからな。私たち民から税金を搾り取る代わりに、国を守らなきゃならん。厳しい権力争いっちゅうもんもある。それに、戦に負けたらなぶり殺しだしなあ。」

 「でも実際に戦って命を落とすのは兵士でしょ。しかも戦なんて滅多に起こらないよ。」

 「いや、分からんぞ。隣のラトキアはともかく向かいのクレータは王さんが変わってから……まあそんなことは関係ない。」

 なお不服そうなイーリスに苦笑していたが、医者が気分を切り替えるように言った。
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