獅子王とあやめ姫
 「私も出来る限りの手は尽くそう。…そろそろ戻らにゃならん。お前もおかみさんが心配してるんじゃないか?送って行くよ。」

 辻斬りのことは当然耳に入っているのだろう。

 何か餌をくわえた真っ黒い烏が飛んでいくのをぼーっと眺めていたイーリスはうなずいた。




 結婚するんだってな、と言われイーリスは苦笑した。

 結婚が決まってからというもの、会う人会う人に訊かれる。

 アイアスの家からの帰り道、イーリスと医者は世間話をしながら重苦しい話題を避けていた。  

 イーリスと同じ町に住んでいると言ってもアイアスの家は貧民街にあり、イーリスの宿屋のある市場までは、陽当たりの悪い細い路地をうねうねと進む道のりだった。

 「時が経つのは早いなぁ。フレジアが着の身着のまま街にやって来た時から十何年も経ったなんて信じられないな。」

 遠い目をする医者。

 母は自分の昔話を子供に語るような女性ではなかった。

 この世でたった一人の父親のことですら、イーリスが物心もつかないうちに病気で亡くなったということしか知らない。

 客の方が饒舌に語ってくれるので、イーリスはなるべく母の話になったら新しい情報を聞き出そうとするようになっていた。

 「昔の母はどんな人だったんですか?」 
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