獅子王とあやめ姫
 「向かいの薬屋で何かあったようですね。」

 フィロスの言葉に客は反応せず、頭を下げ続けている少女をじっと見ていた。

 下町の宿屋の娘、イーリスだ。

 恋人のテリに紹介されたときに挨拶を交わした程度だったが、フィロスは彼女のことが好きにはなれなかった。

 妙に落ち着いているというか、何を考えているかよく分からない、そんな女の子は元来苦手で、しかも恥ずかしいところを見られてしまっては仕方がない。  

 この客人は彼女のところに宿泊したのだろうか。

 客人の身なりから考えてそれはあまり考えられないが、旅人が身に付けている外套(マント)をまとっていたし、まあ世間話程度に知り合いか聞いておくか。 

 「あの子、お知り合いですか?」

 フィロスが言うと、客人は口の端をつり上げて痩せ細った手をひらひらと振った。 

 「いやあ、そういうわけじゃあ、ないんだけどねえ。」
 
 
     *    *    *


 その頃イーリスは、アイアスを探して狭い建物と建物の間を走り回っていた。
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