獅子王とあやめ姫
 彼の顔からは気遣いこそ感じられたものの、哀れみといった上から目線の感情は一切読み取れなかった。

 だが合羽があったとはいえ少し秋の雨に濡れていて寒そうだった。

 「寒かったでしょ、今あったかいお茶いれるから。花、ありがとう。」

 プローティスを木の机につかせ、お湯を沸かしに厨房へ向かう。

 その際に厨房と食堂を仕切っている布が視界に入った。

 まるで床から伸びてきた手に足を掴まれたようにイーリスはふと立ち止まった。

母が通るとなぜかよく落ちていた布。

(その度にいちいち私が戻してたっけ……。)

 どういうわけかそれを思った途端、様々な母との思い出が滝のように脳裏に溢れだしてきた。
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