獅子王とあやめ姫
 ぶつぶつぼやきながら布を直すイーリスに手を合わせて苦笑いする母。

厳しくしかし優しく料理の手ほどきをしてくれた母。

客と朗らかに談笑しながら手際よく野菜を刻む母……。

 色々な母の顔が数えきれないほど現れては消える。

 それと共に、大きな自責の念が渦を巻いて現れた。

 母の忠告を守っていれば。

 あのとき別の誰かに先回りするように頼んでいれば。

 一人でアイアスを追いかけなければ。

 涙が一筋、頬をつうーっと伝っていった。

 ガタッとプローティスが驚いて立ち上がる音が背後で聞こえる。

 急いで目頭をぎゅっと押さえつけ、堪えようとしても涙は止まるどころか滝のように溢れだした。

 「わたしのせいだ……。わたしが、言う通りにしていれば…母さんが死ぬことなんて、無かった、のに…!」

 気づけば、思うままそう口に出していた。

 黙って渡された柔らかい布で涙を吹き吹き、なんとか堪えようとしても嗚咽は出るばかりだった。

(……!?)

 ううっ…と嗚咽を押し殺していると、突然ぎゅっと抱きしめられた。

 「……イーリスのせいじゃない。」
 
 何かを押さえられなくなったような急な抱きしめ方に、元々速く脈打っていた心臓が早鐘のように鳴り始めた。
 
 彼の心臓もドクドクと速く動いているのが分かる。
 
 「あり、がとう……。」

 何とか言葉にすると、分かってるよ、というように頭をポンポンと軽く叩かれる。
 
 プローティスがそっとイーリスの頬を温かい両手で挟み、上へ向けた。

 彼の長い親指が涙を拭う。

 驚いて身を固くするイーリスに、プローティスは優しく微笑んだ。

 「幸せにするから。…なにも、言わないで。」
 
 見上げたプローティスの橙色の目が迫ってくる。

 しとしとと降る外の雨の音がやけに大きく響く気がした。

もらった白い花を思わず握りしめてしまう。

 心臓が破裂しそう……イーリスはそっと目を閉じた__。

 と、次の瞬間、二人の後ろの扉が勢いよく破るように開けられた。   

 イーリスは慌ててガバッと弾かれたように離れる。
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