君の隣
俺は、よく花街に来ていた。
座敷遊びは好きだ。
賑やかなのが良い。
最近、風邪が流行っていて、移されるのも嫌だから、隣に座るのを断った。
そして、大して可愛くもない芸妓を横に置き、酒を飲む。
すると・・・。
踊り子と三味弾きが入ってきた。
何気に見ると・・・。
高杉「なつ・・・?」
向こうも、気付いたのか、そのまま、襖を閉じた。
俺は、女将を呼んだ。
女将「失礼します。」
高杉「先程の三味弾きで良い。呼べ。」
女将「かしこまりました。」
そして・・・。
なつ「・・・。失礼します・・・。」
先ほどの三味弾きが入ってきた。やはり、そうだ。コイツはなつだ。
高杉「お前、名はなんと申す?」
俺は、ワザと名前を聞いた。楽しくて仕方ない。そう、敵の弱みを握ったような・・・。鬼の首を取ったような。そんな気分だ。
そう、問う俺に、なつは、唇の端をひきつかせながら、ニッコリ笑う。
なつ「私の名前は、秋風と申します。」
高杉「へぇ。秋風ねぇ~。“なつ”に“秋風”お前の名前は、よく四季が入るんだなぁ・・・。」
ワザと言うと、なつは、苦虫を噛み締めたような顔になった。愉しい。
高杉「では、お前の三味線の腕を見せて貰おうか?」
睨んでる。睨んでる。
この状況は、愉しすぎる。
ポロロン、ポロン。
何だ?この下手な三味線は・・・。これでよく、三味線弾きと言えるな。俺の方が上手いな。これは・・・。
高杉「ぷっ。お前っ。よくそんなので、三味弾きって言えるな。くくくっ。」
なつ「う、うるさい!」
笑いが止まらない。今日は、ハズレだと思ったが、楽しめそうだ。
聴いてて、いつも同じところで間違っているのが気になった。
俺は、なつの後ろに回り込んで、教示してやろうと、手に触れた。
なつ「ちょっとっ!何するのっ!」
高杉「何を勘違いをしてるんだ?お前・・・。」
なつ「勘違いなんてしてないっ!」
こいつ、いっちょ前に、俺を意識しているのか?お前になど、微塵も、欲情などしないわっ。馬鹿め。
そして・・・。
ポロロン、ポロロン。
と、一緒に三味線を弾いた。
なつから、女独特の匂いがする。
ソッと、なつの顔を覗き見ると、少し耳と頬を赤らめている。何故か胸が少し高鳴った。
いやいや。コイツに、胸が高鳴るなんて、おかしい。そんな事を考えていると・・・。
・・・ポロン。
曲が終わると、なつが、首だけをこちらに向けて笑った。
なつ「高杉!ありがとう!今まで難しくて出来なかった所が弾けた!」
初めて自分に向けられた笑顔に不覚にも可愛いと思ってしまった。
高杉「あ・・・あぁ。」
熱くなる頬を隠しながら俺は、なつから、離れた。
すると、なつは慌てて頭を下げた。
なつ「だっ・・・。旦那様、ありがとうございました。それでは、失礼致します。」
そして、なつは、逃げるように出て行った。
俺は、何故かもう一度、なつに会いたくて仕方なかった。
俺の膝に手を置いて、しなだれるように、身体をすり寄せてくる芸妓がうっとおしい。
そう思っている自分に苦笑いをする。
俺は、女将を呼んだ。
高杉「女将、先ほどの三味線弾きをここに呼べ。」
女将「すみません。あの子は、普通の芸妓ではなくて、帯を解く芸妓ではないんです。」
高杉「いいから呼べ。」
女将「申し訳ありません。太夫をもう一人呼ばせてもらいますので・・・。」
高杉「だったら、もうここには来ない。別の店に変える。」
女将「そんな・・・。」
高杉「何でもいいから呼んでこいっ!」
女将は、深々と頭を下げて、出て行った。
芸妓「あぁん、旦那様ぁ!あんな三味線弾きより、私達と遊んで下さいな!」
“あんな”呼ばわりされて、ムカムカしてくる。あいつの何を知っている!
高杉「お前らどっか行け。ブス共が。」
芸妓「なっ!」
俺は、芸妓を帰らせた。
ひとりになって考えるとおかしい。
俺も、アイツのことなんて、何も知らない。
何でムカムカするんだ?俺が怒ることでも無いのに・・・。
しばらくして、不機嫌を全く隠そうとせずになつが戻ってきた。
なつ「失礼します。」
高杉「あぁ。入れ。」
なつ「お呼び頂いてありがとうございます!高杉さ・ま!」
怒ってる。怒ってる。
高杉「おい。お前、なつだろ?」
さっきまで、隠そうと頑張っていたのに、俺に、バレたと思ったのか、あっさりと答えた。
なつ「そうだけど?それが?」
高杉「お前、芸妓だったのか?でも、お前を見たのは初めてだ・・・。こんな、高物の客には付いた事がないとかか?まぁ、あの三味線じゃ無理か・・・くくくっ。」
そうだ。今まで会ったことなかった。俺ほどの客につけるのは太夫だ。コイツは、太夫でない。
なつ「はぁ・・・。私は、芸妓さんじゃない。女将さんと知り合いで、今日だけ助っ人で来ただけ。本来なら、こうして、部屋にも来ない!」
高杉「そうか・・・。」
何故か安堵した。何でだ?他の男の前で帯を解かないからか?
なつ「もう帰って良い?どうせ、正体を暴きたかっただけでしょう?」
高杉「それもある。」
なつ「それもって・・・。他に何が?」
高杉「お前と、もう少し話したかっただけ。」
正直な言葉が口から出た。
なつ「はぁ?いつも・・・って、いつもは喧嘩ばかりか・・・。」
俺は、これを機会に、疑問を投げかける。
高杉「お前は、何故、あの塾に行く?女には面白くないだろう?」
なつ「高杉、あのね?それは偏見というもの。おなごだって、政(まつりごと)に関わりたいって思う人もいる。」
高杉「実際には、関われない。」
なつ「でも、先生は、志を持てって言うでしょう?私の夢は、日本を良くしたい!おなごだって、政に参加して、どんどん、おなごが、出来ることを増やしたい!それを、私が証明する!」
高杉「それはちと無理があるだろう?」
なつ「やってみないとわからないよ?確かに、男と女では、違うし、力も適わないけど、他にも色々と勝ることもある!」
高杉「っぷ。あはははは!変な女っ!」
なるほど、他の女と違う!だから、先生も含め塾の奴らは、コイツを置いてるのか。
なつ「言っておくけど高杉も十分に変だからね?」
高杉「お前に言われたくない!」
そして、酒を酌み交わしながら色々な話をした。
すると・・・。
肩に重みを感じて見ると、俺の肩に、なつはもたれ掛かって、寝ている。
おいおい、俺の肩は、枕か?
抱き寄せて、布団に下ろすと、スヤスヤ眠ってる。
俺も布団に潜り込む。
よく見ると、なかなか、可愛い顔をしてるんだな・・・。
俺は、なつを抱き寄せてみた。
柔らかい身体・・・。
白粉の匂い・・・。
俺は、ギュッと抱きしめて、頭に口付けをした。
何で、こんな気持ちになる?
コイツとは昨日まで、怒鳴り合いしかしたことなかったのに。
でも、女と、というか、人に自分の気持ちを素直に話すのは、初めてだ。
変な女だ・・・。
そして、俺は、なつを抱きしめて眠った。
何やら、騒がしい気配に目を覚ました。
高杉「あ・・・。お前、俺を襲ったのか?」
冗談を言うと、なつは慌てふためいている。
なつ「ないないないないない!!絶っっ対ナイ!!」
高杉「ふわぁぁぁ。そんな、否定しなくてもいいだろ?別に、まぐわるぐらい。」
なつ「まぐわるぐらいって・・・。最っ低!もう、帰ります!」
俺はもうすこし一緒にいたくて、ムチャを言う。
高杉「背中流せ・・・。」
なつ「はぁ?」
高杉「いつも、してもらってる。風呂を用意しろ。」
なつ「私が、あんたの背中を流せって?」
高杉「あぁ。他に誰がいる?」
いつもなんて嘘だ。一度、気に入った芸妓と入った程度だ。
なつ「何で私が・・・。」
高杉「だったら、お前が、芸妓してることを、皆に言う。」
なつ「っ!」
脅すと了承した。
そして・・・。
風呂場・・・。
洗い場に座っていると、脱衣場から物音がした。
なつは、肌襦袢を着て、風呂場に入ってきた。
恥ずかしそうに、胸の合わせをギュッと握りしめ視線を迷わせている。
緊張しているのか?
というか、コイツ、男を知らないのか?
なつ「し・・・。失礼します・・・。」
なつの声が上擦っている。
なつは俺の後ろにしゃがんだ。
なつは、手拭いを濡らして、体を拭いてきた。
それが、微妙に、変な気持ちになる。
高杉「はぁ・・・。お前・・・。男の背中を流したことがないのか?」
なつ「あんたに関係ないっ!」
高杉「ふっ。男を教えてやろうか?」
冗談でごまかしたら、なつは、真っ赤になって、手拭いを握りしめた。
すると、ゴシゴシ、ガシガシと思いっきり、力を込めて擦ってきた。
高杉「痛っ!痛ぇよ!」
なつ「腹黒い意地の悪い奴にはこの位、擦らないと、汚れなんか落ちませんのでねっ!綺麗にして差し上げてるんですっ!」
高杉「それにしても、加減を知らねぇ奴だな。もっと、優しくしろよ!男に愛想を尽かされるぞ。」
なつ「あんたに愛想を尽かされても痛くも痒くもない!他の方なら、もっと優しく出来ます!」
他の男?何故か嫌な気持ちになる。
高杉「そんな奴がいるのか?」
なつ「あんたには関係ないっ!」
なつは、そう言うと、俺に乱暴にお湯をかけて立ち上がる。
出て行こうと踵を返して、立ち去ろうとしたが、フッと止まり、此方を見てきた。
なつ「ねぇ、高杉。今日、塾行く?」
高杉「あぁ。今から。」
なつ「そう・・・。だったら、今日と明日、休みますって、先生に伝えて?」
高杉「何だ?どっか行くのか?」
なつ「うん。それじゃ、宜しくね?」
そう言うと、なつは風呂場を出ていった。
どこへ行く?って気になるのか?俺は・・・。違う!
そして、俺も、風呂を出る。