君の隣





私は、島原へ行く。






角屋か・・・。



私は、斡旋してくれる店から紹介状を書いてもらい、角屋の暖簾をくぐった。




なつ「すみません!」



番頭「ヘイヘイ。」



なつ「これを。」




出てきた番頭に紹介状を渡す。




すると、番頭は、奥に引っ込んだ。



しばらくして、ひとりの女が、現れる。




あれが、女将か・・・。





女将は、ぐるりと私を舐めるように見てきた。



女将「帯を解かないねぇ・・・。それで、客なんか取れるのかい?タダ飯なんか、困るだけだしねぇ。」




なつ「残念です。江戸の吉原でも、結構、お役に立てていたと思うんですがね。では、別の店に・・・。」




女将が“江戸の吉原”に食い付いた。



女将「あんた・・・。江戸の吉原にいたのかい?」



なつ「はい。」




女将「わかったよ。その代わり、売り上げが上がらなかったら、すぐにでも、客と寝てもらうからね!」



なつ「はい。ありがとうございます!よろしくお願いします。」











そして、芸妓としてお座敷に上がる。




なつ「秋風にございます。よろしくお願いします。」




客「新入りか?こっちへ来い。」



側に寄ると、男は、私の腰に手を回す。




私は、男の手を払いのけた。




客「何をする!無礼者!」



なつ「ここは、偽りの恋愛を楽しむ所です。そんな簡単に、男に身体を触らせたりしません。私の別名は、難攻不落の城です。さぁ、旦那様?どうやって城攻めをされますか?」





その一言に、男の目の色が変わる。




客「ほう。難攻不落の城か・・・。面白い!今宵はお前に決めたぞ。」



なつ「お断り致します。」



客「は?」



なつ「さっきも言ったでしょう?帯は解きません。でも・・・。旦那様に惚れたら、帯を解くかもしれませんねぇ・・・。」



こんな調子で、男の心を煽った。



すると、一月後には、売上は、驚くほど上がったのだ。



色んな男から、貢ぎ物を頂く。



貢ぎ物で部屋が狭くなり、最初は、相部屋だったのが、いつの間にか、部屋を頂いた。




私は、情報を集めた。




幕府側、倒幕派、攘夷・・・。それは、それは、色んな話を聞いた。





その客の中に異常に私に惚れ込んだ男がいた。




その男の名は、桝屋喜右衛門。本名は、小高 俊太郎。





なつ「旦那様、いらっしゃいませ。」



桝屋「秋風!今宵はこれを持ってきた!受け取ってくれるか?」



なつ「ありがとうございます。」



受け取り、少しだけ酒を交わす。



桝屋「ねぇ。秋風。私が君を身請けしたいんだ。私は、君を愛している。大事にすると誓う。だから・・・。」




なつ「あ・・・。旦那様?お時間ですので失礼します・・・。」




私は、部屋を出る。










情報を持ってくる者の時間は長く居座り、特に情報を得られないと、席を早く立つのだ。

数日後・・・。



桝屋「こんばんは。秋風。」




なつ「旦那様、お久しぶりですね。」




桝屋「長州藩の長井 雅楽様って知ってる?」



長井様か・・・。知ってるも何も・・・。




知らぬふり。



なつ「さぁ?」



桝屋「長井様っていう人は、長州藩の直目付っていうお役目なんだけどね、京に来るらしい。しかも、あの人は、長州の兵学者、吉田松陰が、江戸に連れて行かれた時に、抗議しなかったそうだ。」



なつ「へぇ。」



そうなの?普通は、抗議の一つや二つするはず。




そっか。長井にとって、松陰先生は邪魔だった・・・。




幕府と仲良くしたい長井・・・。



確か、『航海遠略策』だっけ。公武周旋?



でもあれは、異人を斬るのではなく、貿易を発展させて、力を付けて、大きな攘夷をしようって事だったよね?最初、松陰先生も同じ意見を持っていた・・・。




ただ・・・。


公武合体なんだよね・・・。長井は公武周旋って言ってるんだっけ?



藩の考えとして、幕府に提出されるんだよね?確か・・・。



それに、抜擢されて、根回しするという事か・・・。







しかし・・・。



弱くなっている幕府に対して、助けることになるのではないか?







久坂さんと桂さん達は、倒幕派に動いて、薩摩や水戸と会合してたはず・・・。土佐もあったっけ?




藩の中で割れる・・・。



ただ・・・。




私は、幕府を許せない。



しかも、幕府の外交じゃ弱すぎる・・・。




仲良くお手々、繋いではもう無理だ。




内戦が起こるかも・・・。



その前に、長井が、“先生の処罰に抗議をしなかった”というのが気になる。




藩から、援護してもらえなかったということ・・・。




あの時、先生の刑は流罪が妥当だった。それなのに、死罪になった。




本来なら抗うべきで、抗えば、先生は、死ななくてすんだかも・・・。




その抗議は、藩がするもの・・・。




でも、長井はしなかった・・・。松陰先生や私達に、自分の方針を邪魔されたくなかったから・・・。




なるほどね・・・。調べてみる必要はある。





考え事をしていると、桝屋が私を覗き込んでいた。





なつ「・・・。だっ・・・旦那様。楽しいお話ありがとうございました。」




桝屋「秋風が喜んでくれて良かった。ねぇ。秋風・・・。私の所へおいでよ・・・。身請けして、夫婦になって欲しい・・・。」



なつ「旦那様?そのように言って下さりありがとうございます。それでは、ごきげんよう。」



桝屋「また来る。」



なつ「はい。お待ちしております。」





私は、にっこり笑い部屋を出た。






桝屋さんは、長州の人だよね・・・。






呼ばれた部屋に行く。すると・・・。




なつ「失礼します・・・。稔麿さん・・・っ。」




稔麿「やぁ。帯を解かない売れっ子、秋風さん?くくくっ。」




なつ「いやっ。そのっ・・・。あははははは・・・。」






中にいたのは稔麿さんだった。





私は、求婚を受けてから、一度も会わなくなっていた。




いわゆる、音信不通になっていた。




稔麿「無事で良かった。でも、まさか、芸妓をしてるとは・・・。」




なつ「黙っててごめんなさい。その・・・。情報集めの為に・・・。」



稔麿「だろうと思った。最初、ここにいるかもってわかった時、違いますようにって願ってた。他の男と交わってるのかと思ってたから・・・。でも、来てみてわかったよ。帯を解かないって、絶対、おなつちゃんだと思った。」





なつ「皆さんには、黙っておいて下さい。恥ずかしいので。」



稔麿「ははっ。特に高杉さんがうるさそうだよね。」



なつ「あ・・・。高杉は、もう、知ってます。だいぶ前にバレました。」




稔麿「そうなんだ・・・。」



稔麿さんは、少し寂しそうな顔をした。




そして、私は、情報を、稔麿さんに話す。




稔麿「実はさ、桂さん達が、 『航海遠略策』の事で、江戸で揉めてるらしい。 」




なつ「やっぱり・・・。公武周旋は衰退してる幕府権力の立て直しにしかならないですものね・・・。」



稔麿「うん。だからこそ、今、断固排撃すべきだと・・・。」



なつ「まぁ、長州藩にとっては、害が出そうですもんね。」





稔麿「江戸にいる奴らは皆、過激な論争を繰り広げているようだ。」



高杉の父上と長井は、確か、若い頃から、好敵手で友人・・・。また、間に挟まれて苦しんでなければ良いんだけど・・・。




私が、考え事をしていると、稔麿さんが、私の頬を撫でる。



なつ「っ!」




驚いて、稔麿さんを見ると、顔を覗かれていた。




稔麿「何、考えてたの?」



なつ「いやっ。あの・・・。」



稔麿「良いよ。無理に言わなくて。」



高杉の事、考えてたのバレた?







そして数ヶ月後・・・。




なんと、高杉から書状が来た。




なつ「私宛に来るなんて余程の事・・・?」



私は、すぐに、書状に目を通す。




なつ「ヨーロッパへの使節派遣・・・。高杉、ヨーロッパ行くんだ!嬉しいのが、よくわかる。ふふっ。良かったね。高杉。」




私も嬉しくなる。





私は、兄からさつき姉に書状を届けて欲しいと受けて江戸へ行く事となった。





< 63 / 135 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop