君の隣
9月20日。
高杉は、真木 泉水様と、『三事草案』と題した、京へ攻め上るための具体的な作戦を練った。
しかし、これは、実現しなかった。
高杉は、最初は、発進派だった。
10月1日。
高杉は、奥番頭に就き、新知160石を給せられた。
大出世だ。
長州藩内では、武力行使で京に上り、公武合体を蹴散らして『冤罪』を雪(すす)ごうとする「進発派」の勢いが増す。
その一方で、藩地に籠もって実力を蓄え、時機を待とうとする「割拠派」が進展に反対していた。
「進発派」の来島 又兵衛様率いる遊撃軍が、今にも京を攻めようとしていた。
元時元年1月24日。
高杉「なぁ。なつ・・・。上のお方は、皆、鎮静を望んでる・・・。君命を受けた。」
なつ「そっか・・・皆様?」
高杉「あぁ。周布様、増田(右衛門)様に清水(清太郎)様もだ・・・。」
なつ「んで、高杉は、進発派なの?って、真木様と作戦を練ってたもんね・・・。」
高杉「あぁ。でも、上のお方が、皆、鎮静を望んでる。ならば、俺も、鎮静に加わるべきだろう?」
なつ「そうだね。君命も受けてるし。」
そして・・・。高杉は、遊撃軍に鎮静の説得をしていた。
私は、隠密隊を立て直すべく、人選をしていた。
なつ「はぁ・・・。実力重視の奇兵隊とは、訳が違う・・・。何かにつけて、身分を言う。」
まぁ、仕方ないけど・・・。
高杉も頑張ってるんだから私も頑張ろう!
そして、何とか、人選をした。
なつ「隠密隊隊長を仰せつかりました、なつと申します。」
谷沢「ふん。おなごの下になどに就けるか!しかも、奇兵隊におった奴の下などっ!」
そう言ったのは、谷沢さんという、先鋒隊の優れた人だ。ただ、難有りな性格のため、先鋒隊を免ぜられそうになっている人だった。
なつ「谷沢さん。私と勝負しませんか?もし、谷沢さんが勝ったら・・・。隊長を譲ります。他の方も一緒です。どうですか?」
全員がピクリとなった。
「やってやる!」
そう言ったのは、嶋根さん。
なつ「では、武術は実践で。あと隠密らしく、情報を取って来ましょうか?」
山田「情報とは何を取る?」
なつ「そうですね・・・。今の藩政についてにしましょう!」
全員「え・・・。」
皆、固まっている。
藩の中でもバタバタしてピリピリしている。
なつ「この隠密隊で、隊長争奪戦をしている事は、ここにいる隠密隊のみの秘密です。これを漏らした人は、勝ったとしても、隊を出てもらいます。情報を、流すということは、藩にとって、そして、隠密隊として、あってはならない事ですからね。」
谷沢「で?その情報とは何を取ってくるんだ?」
なつ「今、藩で、何を争っているかわかりますか?」
山田「まさか・・・。」
私はニッコリ笑う。
なつ「はい!進発派と割拠派です。」
皆はゴクリと、喉を鳴らす。
そう、ここにいる人達は、腕はあるが、隊で上手く馴染めず、つまはじきにされた人が多い。
だから、重要な話はほとんど聞かされないのだ。噂話を耳にして、初めて気付くことも多い。
そういう屈辱を味わっている人達が、中枢の情報を取ってくる・・・。
至難の業だ。
なつ「さぁ!では、始めましょうか!」
谷沢「待て!」
なつ「隊長争奪戦ですよ?隊長がこんな情報すら取れないなんて、意味ないじゃないですか!」
隊長争奪戦が始まった。
私と高杉は共に、遊撃軍の勝敗を占う相撲を興じている所を伺う。
高杉に化粧をし、カツラを被せ、遊撃軍の新入りとして変装させている。
なつ「大五郎!(高杉)もっとこっち寄って。そこ、バレるから!」
高杉「お前、俺とくっつきたいだけか?」
なつ「ちっ!」
高杉「何だ!今の舌打ちは!?」
私達は浮田 八郎さんと高橋 熊太郎さんの後ろに座る。
そして、浮田さんと高橋さんが過激な意見をぶつけ合っている。
浮田「早く攻めれば良いのだ!」
高橋「あぁ。もっと、来島に発破をかけねば!」
なつ「なるほど・・・。これが、原因か・・・。」
私達は、外に出た。
高杉「はぁ・・・。とても口では、納得しそうにないな。これは・・・。」
なつ「うん。完全に、判断力を失ってる・・・。あの人達が、来島様を煽ってる。」
そして1月27日の夜中。
高杉に呼び出された。
なつ「どうしたの?」
高杉「これ・・・。」
見せられたのは、一通の書状。
見ると・・・。
なつ「世子様からっ!?」
高杉「あぁ。」
なつ「なんか、元気ないね?」
高杉は書状を指差す。
私は書状を読む。
え・・・。
『一書で、鎮静が行き届かないなら、速やかに、報告せよ』
これは、家臣である、高杉が役目を果たせないなら、殿が自らするという事になる。
主君を出馬させてお手を煩わせる事になる。
それは、いわゆる、高杉に鎮静させる能力がないということだ。
なつ「これは、何とかしないと・・・。」
高杉「あぁ。」
なつ「何か、方法は・・・。」
高杉「あ!そうだ・・・。京に行ってくる!」
なつ「京・・・。そうか!現地で失地回復してる人達の意見を聞きに行くのね?」
高杉「あぁ。向こうには、宍戸に桂さん、久坂がいる。3人を呼び戻してくる!」
京の状況を知る3人が「割拠」の方が良いと言うなら遊撃軍も納得するだろう。3人が「進発」というなら、速やかに、それを、殿に知らせよう!というものだ。
高杉「お前も行くか?」
なつ「今回は無理なの。ごめんね?」
高杉「隠密隊か?」
なつ「うん。」
高杉「あの人事で大丈夫か?」
なつ「隠密隊は個人なのが多いから、ちょうど良い。」
高杉「いや・・・。人柄だ。」
なつ「大丈夫だと思ってるよ?」
高杉「そうか・・・。では、何かあったら、知らせてくれ。」
なつ「承知しました。高杉様?」
すると、高杉はブルッと体を震わす。
高杉「何かお前に“様”を付けられると気持ち悪い。」
なつ「何よ!それ!失礼な!」
少し、談笑をして別れた。
そして、隊長争奪戦の期日・・・。
他の皆は、情報を取れなかった。
私は、自分の得た情報を報告する。
なつ「・・・とまぁ、こういう訳で、高杉様が、京に上った。」
全員「・・・。」
皆は、覚悟を決めたようだ。
なつ「私は、あなた達の立場を変えます!」
全員「え?」
なつ「前も、隠密隊といえば、精鋭部隊です。でも今・・・。ゴミ溜めと言われてる。私達で、精鋭部隊と言われるように、そして殿に忠誠を!そのためには、私を信じて欲しいです!絶対にあなた達は守ります!」
そして、少し、志気が上がったみんなと鍛錬を開始した。
水責めからの鍛錬。
一から、情報を取る仕方を教える。
そんな事をしているとき、騒ぎが起きた。
高杉が京に、一筆だけ残して後は人に投げて命を怠って京に行ったというのだ。
私は、上の方々を回り説得した。
なつ「高杉様は、そのような事は致しません!京の情勢をよく知るお三方に、意見を聞き、連れてこられるのです!」
浮田「うるさいわっ!ただの先鋒隊隊長ごときが、意見をするなっ!」
なつ「しかしながらっ!」
浮田「下がれっ!」
京では、やはり、割拠という意見になったらしく、進発派は面白くないらしい。
それに、その三人が来るということは、自分達を説得しに来るのだ。
谷沢「なつ隊長!一旦、引きましょう!」
私達は、屯所に戻る。
川上君は最年少の子で、私を最初から慕ってくれていた。高杉曰わく、また色目かと言われそうだが・・・。
川上「なつ隊長・・・。高杉様の所へ使者を数人送っているそうですが、なかなか帰らないそうです。しかも、薩摩藩の島津 久光様を暗殺すると、いってるそうで・・・。」
拗ねて、自暴自棄になったか・・・。
なつ「私・・・。京に行ってくる!お願い出来る?」
全員「はいっ!」
私は、殿の許し得て、京へ上った。