恋する淑女は、会議室で夢を見る
去年、大学を卒業した青木真優(あおき まゆ)は、株式会社KIRITANIに就職した。
コネではない。 ”実力で”
何不自由ない裕福な家に生まれ、蝶よ花よとお姫様のように育つはずが
真優はどういう訳だか小さい頃から堅苦しいことが嫌いで、庭を走りまわり、木に登り
まるで野生児のような女の子だった。
某お嬢さま校の幼稚舎に入ったけれど、案の定、お上品なお嬢さま達とはどうにも反りが合わなかったらしい。
虫を見せようとしたり、泥で汚してしまったり
真優には悪気はなかったが、何人かのお嬢さまを泣かせてしまった事で諦めた両親は、公立の小学校に通わせた。
すると、真優には沢山の友人も出来た。
そしてそのままスクスクと成長し、
中高校と公立に進み、大学も普通に試験を受けて国立大学に進学したのである。
狭き門を突破して、一流企業の株式会社KIRITANIに就職したのも普通に試験を受けて合格したからであり、父の力を借りた訳ではない。
会社には青木コーポレーションの社長令嬢だとは言っていないし、誰にも言っていない。
真優は上流階級の輪の中で生きて行くつもりはなかった。
青木家は今高校生の弟の健(たける)が継げばいいと思っている。
母の実家、伊集院家に行く度に思う。
没落した元華族である祖父母は、財産が減っていき、毎日の食事に困るようになっても何もできなかったらしい。
見かねた親族の口利きで、真優の母真子が資産家の青木家に嫁いで生活を立て直すまで
ただぼんやりと日々を過ごしていたという。
とても上品で優しい祖父母であるが、
『真優はどうして仕事をするの?』と、不思議そうに聞く。
『社会に出るのは楽しいからよ』と言うと、
『おかしな子ね』と首を傾げる。
浮世離れしたその微笑には、”生活感”や”活き活き”としたものはなかった。
逆に父方の祖父母は超庶民の農家出身だ。
思い立ったように土地を売った祖父がその資金を元に事業を興し、今の青木家を一代で築き上げた。
青木の祖母の口癖…
『夢は自分で掴むんだよ、何でもおやり 真優』
『今の子は ”ダメもと”って言うだろう? やってみたらいいんだよ』
そう言って、日に焼けた皺クチャな笑顔を真優に向ける。
真優はその笑顔が大好きだった。
―― 大好きなお爺ちゃんお婆ちゃん
なのに…
子供の頃、両親と一緒にいったパーティで耳にした言葉
『成金の庶民くせに』
悔しくて悲しくて
あの時の、着飾った中年女性の蔑んで嘲笑いを、真優は今でも忘れることができないでいる。
そして、その中年女性の姿が
真優にとっての上流階級だった。
──それに
どっちみち
自分にはお嬢さまの気質がない。
いつだったかヒラヒラのドレスを着てみたら、まあ似合わないことこの上なくて
自分でも大笑いしてしまったことがあった。
クスッ
――まあいいや
私は、綿菓子のような可愛いお姫様にはなれないんだから。