恋する淑女は、会議室で夢を見る


「なるほど…
 それで唇が重なってしまったわけですか…」



「…うん」



「それはショックでしたね
 たとえ事故でも
 お嬢さまにとっては ファースト・キスですから…」



「…うん」



「まあでもね、お嬢さま
 大体がファーストキスなんてものは
 よほど相手が大人とか そういうことに慣れてるとかじゃない限り
 そんな素敵なもんじゃないんですから
 レモンの味がする訳じゃないし バニラのような甘い香りがする訳でもないし」



それからも色んな例をあげて 慰めてくれるユキの声を聴きながら
真優はぼんやりと思い出していた。



…実はまだ続きがあったのだ。



―― あの時…


自動販売機から珈琲を取り出す桐谷遥人の後ろ姿を見つめるうち、
我に返った真優は、隠れるように背を向けた。

気持ちの上では一目散に走って逃げて
今頃はエレベーターに乗っているはずだったのに
体はちっとも動いてくれない。

気持ちを落ち着ける余裕もなくて
 みるみる涙が溢れてきた。


どうせ私のファーストキスなんて、こんなものなんだ
冗談みたいで
バカみたいでと、思いながら

何もかもが嫌になった。



流れ出した涙は止まらなくて…
 ただ俯いて…




そのうち

ふわっといい香りに包まれた。

桐谷遥人がすぐそばに来ていたのだ。


『 落ち着いて 
 さっきのは
  キスなんかじゃない… 』 


とても優しい声で、
囁くようにそう言った遥人は、

『目をつぶって
 初恋の人を思い出してごらん』

真優の頬を両手で包んだ。
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