残業しないで帰りたい!
約束通り、店には夜の営業時間の少し前に着いた。
カランッと音を立てて重たい木の扉を開ける。
「こんちは」
「おー、来た来た!」
「いらっしゃい」
弟夫婦が奥から顔を出した。
「兄貴、こっちこっち!」
遊馬は少しはしゃいだように奥の席へ手招きした。
遊馬は店の奥の席が俺のお気に入りであることを知っている。
この席は、端っこで窓際で個室みたいになっていて、何もかもが俺の好みだ。
手招きされて、そのお気に入りの席に着く。
見ると、もう既にワインが置いてある。
俺、頼んでないよ?
っていうか腹減ったな。
「遊馬。俺お腹空いちゃったよ」
「そう言わずにさ、まずは見てほしいものがあるんだ。ちょっと待っててよ」
遊馬は奥へフッと消えた。
ふーん、そうなの?
……目の前にあるし、ついでだからこのワイン飲んじゃおうかな。ワインオープナーも置いてあるし。
ワインを開けて、グラスに注いだ。
よくわからないけど、ずいぶん蒲萄の味が濃いワインだなあ。うんうん、うまいねっ!
この店は「とりあえずビール」って感じじゃない。ろうそくの灯が揺れて、壁にわずかに揺れる影を映す。
やっぱりワインが似合う店。
ノスタルジックな雰囲気、なんだろうな。
ふと、窓の外に一瞬車のライトが写って消えていった。
流れ行く車のライト……。
そういえば……。
両親が離婚して2か月が過ぎた頃、俺はどうしても母親に会いたくなって一人で川崎まで行ったことがあった。