さくら


聡志の病状が徐々に悪くなる。

それでも気丈に振る舞う聡志のために、桜子も志信も明るく相手をする。


家事の合間にふと見上げた桜の木。


桜子は固い蕾がついていることに気付いた。


まだ咲かなくていい。

咲いてしまったら満足して大好きなあの人が逝ってしまう。



一日でも遅く咲きますように。

いっそ今年は咲かなくてもいいから。



桜子は祈るように目を閉じた。



「まだ固い蕾やなあ・・・・・」


中庭におりて桜の樹の下に佇む桜子の横にそっと立つ人がいる。

志信とも聡志とも違う低く落ち着いた声。

桜子が視線を向けると、白髪の細身の男の人。



誰だろう?



その佇まいがあまりに自然で

現実感がなくて・・・・・。


「・・・・・桜の精?」


「え?」


桜子がつい言葉にしたことに、その人が反応した。


「貴女の方が桜の精でしょう」


口元に笑みを浮かべ、その人が言う。

< 105 / 129 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop