さくら
十
聡志の病状が徐々に悪くなる。
それでも気丈に振る舞う聡志のために、桜子も志信も明るく相手をする。
家事の合間にふと見上げた桜の木。
桜子は固い蕾がついていることに気付いた。
まだ咲かなくていい。
咲いてしまったら満足して大好きなあの人が逝ってしまう。
一日でも遅く咲きますように。
いっそ今年は咲かなくてもいいから。
桜子は祈るように目を閉じた。
「まだ固い蕾やなあ・・・・・」
中庭におりて桜の樹の下に佇む桜子の横にそっと立つ人がいる。
志信とも聡志とも違う低く落ち着いた声。
桜子が視線を向けると、白髪の細身の男の人。
誰だろう?
その佇まいがあまりに自然で
現実感がなくて・・・・・。
「・・・・・桜の精?」
「え?」
桜子がつい言葉にしたことに、その人が反応した。
「貴女の方が桜の精でしょう」
口元に笑みを浮かべ、その人が言う。