さくら


決して裕福ではなかったけれど、母と2人の幸せな日々。

父親のことは聞いてはいけないーーーそれは2人の生活の中での暗黙のルール。

桜子が生まれる前に亡くなった、一度だけ未散がそう教えてくれた。

寂しいときもあったけれど、未散は溢れるほどの愛情を注いでくれたからそのことを疑うこともなかった。



混乱する。




ぐるぐると幼い頃の未散との日々が頭の中を駆け巡る。



そこに「父」という存在も言葉もなかった。



哀しそうに、痛ましそうに見詰めるその視線は桜子の知らないもの。



どうしてーーーーーー?



「あーーーーーー・・・・・」





何を言えばいい・・・・・?


解らないよ・・・・・・・・・・!



ふいに後ろから抱きしめられる。



「・・・・・おじさん、桜子少し混乱してるみたいやしこの話はまた改めて」


真野が小さく頷き、部屋を出て行く。


志信が桜子の身体の向きを変え、背を屈めて正面から真っ直ぐに見据えた。


「桜子」

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