さくら
一人でなくて良かったと桜子は思う。
今、こうやって縋れる人がいて良かったと思う。
桜子にとっての父親ーーー敢えて言うならそれは聡志だ。
小さな桜子をわざわざ遠くまで迎えに来て、何も持っていなかった桜子に家族をくれた人。
15年間も育ててくれて、死を前にした今も桜子を気遣い、心を満たして、愛を残してくれようとしてくれる人。
それでも、生物学上の父親は存在する。
優しさと少しの戸惑いを瞳に宿して誠実に桜子に向き合おうとしてくれた。
きっと悪い人ではないのだ。
桜子の嗚咽が止む。
腕の中の桜子が顔を上げた。
「桜子?」
ゆっくりと桜子が志信から身体を離す。
「・・・・・聞かないと・・・・・」
志信が桜子の顔を見詰める。
「院長先生が・・・・・折角・・・・・何にも聞かへんのはあかん・・・・・」
覚束無いながらも桜子が立ち上がった。
「オレも一緒にーーーー」
「大丈夫、一人で・・・・・」
桜子が力なく、けれど何か決意を秘めた顔で応え、足を踏み出し志信の部屋を出る。
志信は強ばった小さな背中を見送るしかなかった。