さくら
一
吐く息が真っ白になる。
桜子は冬の朝のきりっとした、肌を突き刺すような冷たい空気が嫌いじゃない。
中庭に面したリビングの掃き出し窓の雨戸を開けて深呼吸する。築50年が経とうかというこの家の雨戸を、音をたてないように朝一番に開けるのは桜子の十数年来の仕事だ。
キッチンの暖房のスイッチを入れ、勝手口から外へ出て朝刊を取るために門のポストへと向かう。
ポストを開けて、桜子が首を傾げる。
「新聞、配達忘れかな?珍しい」
もしそうなら電話をしないと・・・・・と考えながら身体の向きをかえると、目に入る『後藤医院』の看板。その横には『誠に勝手ながらしばらく休診いたします』の貼り紙。
桜子の瞳に寂しさが宿る。
この貼り紙が貼られてからもうどのくらいたつのだろう・・・・・。