21時の憂うつ
「ちょい待ち、日比谷。」

声が聞こえたのと同時に体が引っ張られ、勢いよく前に進んでいた私は大きく体勢を崩してしまった。

床から足が離れてしまってはどうしようも出来ない。

「わっ!」

前に向かっていた筈の力が後ろに向かい、ベクトルはあやふやで為す術もなくそのまま倒れていく。

掴まれた腕を中心に回転するような形で床が近付くのが見えた。

やばい。

そう思ったのも束の間、予想していた痛みとは別の感覚が全身に広がったのだ。



そうだ。

そうだよ、思い出した。

逃げようとしたところを引っ張られて体勢を崩したんだ。

でも、おかしい。

床に倒れると思っていたのに痛みがないということは。

「おー、危な。」

この声は一体どこから聞こえてくるのだろう。

やけに近いと顔をあげればその距離にとんでもない衝撃を受けて目が見開く。

いま、私、先輩の腕の中。

「お?」

「ちっ…近っ!!」

あまりの近距離に私は思わず先輩を突き放した。

指の先の方から先輩の悲鳴が聞こえたけどそんなのどうだっていい。

まずは自分を守ることが最優先なのだから構ってられないのだ。

「至近距離は困ります!」

「助けてやったのにこの言われ様。」

「元は誰のせいですか!」

「原因は俺だろうね。」

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