東京血風録2-緋の試練






 飛鳥が独自のスタイルを完成させた刹那、無良の打撃が左から襲った。飛鳥は咄嗟にスウェーで交わす。間一髪、鼻先を足先が掠めていった。鼻先の空気が灼けた。
無良の回し蹴りだった。蹴りの勢いそのままに身体を更に回転、軸足で後ろ回し蹴りへ移行する。見えていた飛鳥は、それを身を屈めてダッキングで交わす。脚の下をかいくぐって一歩前進。身を屈めながらのフック・通称ロシアンフックを放つ。体勢を崩した相手への、顔面へのカウンターのハズだった。
 しかし、頭と顔が在るべき所へそれは無かった。あろうことか、胴体の首の付け根から奇妙な曲がり方で曲がり、飛鳥のバンチを交わしていた。飛鳥の右手が無良の頭の左側に流れた形となった。飛鳥の顔の正面に無良の顔があった。その距離50センチ足らず。そこで、飛鳥は見た、無良の眼は人間のそれではなく、猫科の猛獣類のような瞳孔が縦に長いモノであった、
 この距離ならと、飛鳥は頭突きを狙う。
右手で無良の首根っこを抑えると、頭を前方へ振るった。ばぁん!という衝撃音と共に飛鳥の頭が跳ね上がった。逆にカウンターを取られた、無良の下からのバンチだった。腰の回転の入っていない手打ちのバンチだったので、なんとか堪えた。鼻が痛むがまだ大丈夫、右手に力を込め、無良の頭を固定する。再度、頭突きを狙った。

 鈍い衝撃音。額と額とが激しくぶつかった。飛鳥の目に星と火花が散った。何度か
人間相手に頭突きをしたことがある。が、
こんなに硬くて脳内に響く衝撃は初めてだった。たまらず意識が揺らぐ。と、そこへ無良からの頭突きが入った。がどっ!そんな衝撃音と火花が散った。思わぬ脳への衝撃に飛鳥の意識が飛んだ。膝から崩れ落ちる。本能的に右腕で無良の首にしがみつき、なんとか転倒を防ぐ。飛鳥の右脚に外側から無良の左脚が絡む。外掛けの要領で飛鳥の身体を倒そうとした。その状況に飛鳥の意識は戻った。必死に相手の身体にしがみついた。無良の身体にぶら下がる形になりながら、左脚一本で身体を支える。
ちょうど飛鳥の頭が、無良の右脇の下へ潜り込む形となった。飛鳥の右腕は無良の左首筋にある。無良の背中側で、右手と左手をクラッチした。指先と指先が繋がる程度だったが、ガッチリと握りしめた。

 そのまま、意を決したように無良に身体を預け全体重を掛ける。重さに耐えきれず
バランスを崩した無良は、飛鳥もろとも前方へ倒れた。格闘技で云うところの飛鳥が引き込んだのだ。格闘技でのポジション取りの優位性は、圧倒的に上にいる人間のものである。だが、下から攻める技も多数存在するのである。飛鳥は寝技には特化してない。
場数を踏んだ上での、無意識と言える潜在能力が著しく開花していた。引き込んだその形は片羽絞めであった。
(片羽絞めとは、相手の脇の下と肩越しから腕を組んで絞め落とす技である。相手は自分のかたと攻め手の腕により頸動脈を絞めつけられ、血流が止まり失神するものである)

 倒されても尚、飛鳥の指のクラッチは外れなかった。ここで放されては自分の身が危険だと悟った飛鳥は、渾身の力で絞め上げた。鬼に取り憑かれていようと本体は人間のハズ、人体に効く技が効かないワケがない。根拠の無い確信が、彼を押し動かしていた。勝機はここにあり!そう決心していた。無良も逃れようと必死にもがくのだか、首筋にガッチリ入った腕は、もがけばもがくほど、深くキッチリ嵌まっていくようであった。

 絞め上げること、1分弱、遂に無良の動きが止まった。必死に動かしていた腕もダラリと脱力した。意識が飛んだのだ。
 飛鳥は勝利を確信した。


 痺れる指を離し、全身の力の抜けた無良の体の下から這い出すと立ち上がり、握り拳を作り両腕を天高く突き上げて、
「うおおおおおおおおお~~っ!」
と、勝ち鬨を上げた。

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