イジワル婚約者と花嫁契約
まだ心の整理も覚悟もできていない。
だからメールも返せないし、電話にも出られないんだ。

「今日は珍しく早く終わったし、母さんに連絡してみんなで食事にでも行くか?」

「え?……あっ、うんそうだね」

エレベーターの中でお兄ちゃんに言われ、慌てて笑顔を取り繕った。

「最近お兄ちゃん忙しかったものね」

定時は過ぎているものの、今日はまだ早く終わった方だ。

「いや、まぁそれもそうだが……」

そう言うとなぜかお兄ちゃんは言葉を濁し、わざとらしく咳払いをした。

「灯里、一週間前から元気ないだろ?……言いたくなければ無理には聞かないが……もしかしてあの日、アイツとなにかあったのか?」

探るように見つめてくるお兄ちゃん。

その瞬間、あの日の情景が頭をよぎった。

田中さんの言葉に甘えて、お兄ちゃんがいない間に退社してしまったあの日。
お兄ちゃんは私と健太郎さんが会っていたと信じて疑わなかった。
帰宅後、健太郎さんに文句の電話をかけると言い出したものだから、必死に止める私を見て、なにか察したのかそれ以上なにも言わなかったし、健太郎さんと連絡を取る様子も見られなかった。
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