雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
手
木に登っている。
自分の幼い手先を見つめながら、思葉はぼんやりしている頭でそう認識した。
樹木独特の青黒い幹の瘤に、手と足を引っ掛けて落ちないようにしがみついている。
吸い込んだ空気にも、木特有の香りがしみついていた。
「下見るなよ」
足元から來世の声が飛んでくる。
今よりもずっと高くて、それで彼も幼くなっているのだと分かった。
「下を見るから余計に怖くなるんだよ。
上だけ向いてぱっぱと登ればそんなに怖くないぞ」
そんなことを言われても、怖いものは怖い。
あと少し、曲げた右足を伸ばして身体を持ち上げれば太い枝に届く。
けれど、それはつまりそれだけ高いところまで来たということだ。
わざわざ見て確認しなくても分かる。
余計な力がこもって身体がすくんでしまい、両手足をうまく動かせない。
「こっちだ」
困り果てて泣きそうになっていると、やはり幼くなった別の声、行哉の声が頭上から降ってきた。
それと同時にうっすら小麦色になった手が伸ばされる。
行哉は日にかぶれるように焼けやすい体質で、少しでも日差しが強いとすぐに浅黒くなるのだ。
そして、なかなか元の肌の色に戻らないという難点も持っている。
まだ夏休みに入ったばかりなのに、行哉の肌はもう真夏を過ごしたかのようにすっかり黒く焼け、それが男の子らしい逞しさを強めていた。
あの手に捕まれば大丈夫だ。
思葉は迷わずその手に触れた。