雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
握られた指が、手のひらがじわりと温かい。
それを感じるだけで安堵する。
しかし、いつまでたってもこの手は思葉を引き上げてはくれなかった。
繋いだだけ、それだけだ。
あれ、と首をかしげたとき、思葉はどこかを歩いていた。
しがみついていた木はどこにもなく、足が地面を踏みしめる感触がある。
手は今も繋いだままでいたが、それは行哉よりも白く男らしく骨ばった手。
誰のかは分からない。
誰かも分からない人に腕を引かれて思葉は歩いている。
夜だろうか、わずかな光しかない暗い道だった。
自分の手を引いている誰かの姿も、周りの景色も見定められないほどに暗い。
けれどもちっとも怖くない。
むしろ嬉しかった。
弾む胸が少し苦しいけれど、それさえも嬉しく思う。
幸せだ。
手にある仄かな熱が思葉の身も心も浮き立たせる。
気が付くと思葉の身体は大人びたものになっていて、レトロなデザインのワンピースを着こんでいた。
見覚えのない服だ、当然思葉のものではない。
戸惑いが生じる。
(なに、この服……。あたし、どうしてこんな格好を……)
考えても分からない、得体の知れぬ不安にいやな汗がにじむ。
なのに思葉の足は止まらない。
歩き進めるごとに、喜びを感じる心は満たされていく。
頭と心、そして身体はバラバラになっていた。
(なんで?どうして?)
思葉は胸元に手をやった。
うるさいぐらいに鳴っている鼓動は、喜びからか、あるいは不安からか。
(あたし、どうしちゃったの?
この人は誰?どこに向かっているの?
なんで、こんなにうれしく思っているの?
誰なのかまったく分からないのに、どこへ連れて行かれているのかも分からないのに……)