雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
さて、どう話したものか。
腕を組んで本格的に考えようとしたそのとき、ぞくり、とうなじのあたりが寒くなった。
思わず足を止めて首をすくめる。
「皆藤さん」
ほとんど同時に名前を呼ばれ、そちらに顔を向けて思葉は目を疑った。
そこに立っていたのはなんと矢田朋美だったのだ。
学校を休んでいたはずの矢田はきっちりと制服を着込んでいる。
しかし鞄やスマホといった類のものは持たず、手ぶらのまま、うっすらと笑ってこちらを見ていた。
「やっ、矢田さん?」
「……ちょっと、一緒に来てくれる?」
「え?えっと、矢田さん、具合が悪くて学校お休みしたんじゃなかったの?」
「一緒に来て欲しいの」
矢田の目が笑んだ形のまま細くなり、怪しげな光がそこに浮かぶ。
昨日見た、あの優しそうでいて不気味で、遠いところを見ているような焦点の定まっていない目つきだ。
――関わってはいけない。
とっさにそう考えた思葉は鞄の手提げを握りしめて慌てて言った。
「ごめんね矢田さん、あたし」
「いいから来て」
スイッチが切り替わったように、矢田の顔から表情がなくなる。
声のトーンもいくらか低く鋭くなり、有無を言わせない強さがあった。
「……わ、分かった」
思葉が蚊の鳴くような声で返すと、無表情だった矢田は満足そうに口元を緩めた。
また目を三日月に細めて軽く首を傾げる。
「それじゃあ、ついて来て」
言うが早いか矢田は思葉に背を向けて、車が1台どうにか通れるくらいの幅しかない路地を歩いていく。
正直、とてもじゃないがついて行きたくない。
しかし思葉は行くと言ってしまったのだ、何となく、それを破ってはいけない気がする。
逡巡していると、先を行く矢田が足を止めてこちらを振り返った。
じっと思葉を見つめている。
(……行くしかないか)
思葉は逃げ出すことを諦めて、匂い袋を握って矢田の方へ踏み出した。