雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
矢田が足を止めて振り返らない、ぎりぎりの距離を保って思葉は彼女についていく。
そうしている間に太陽は稜線に隠れ、名残の茜色が西を染めていた。
東の空の端には、既に夜の藍色が現れ始めている。
見慣れた夕方の景色なのに、今の状況のせいでひどく不気味なものに感じられた。
細い路地を黙々と進んで連れてこられたのは、昔來世たちとよく遊んでいた神社だった。
少し急な石段を登れば、懐かしい風景が目の前に広がる。
小さな杜に囲まれた境内は近くの公園と同じくらいの広さがあり、近所の小学生がキャッチボールをしたり鬼ごっこをしたりして遊んでいることが多いのだが、この時間になると誰もいない。
鳥居をくぐり、参道の中程まで歩いたところで足を止めた矢田がこちらを振り返った。
思葉も距離を取って立ち止まった。
脇をしめて、いつでも逃げられるように身構えておく。
春だけれどまだ冷たい風が木々を揺らし、この場の不気味さを強くする。
「ねえ、皆藤さん」
矢田がこめかみの髪を耳にかけて、軽く首をかしげて言った。
その瞳はどこか危うい光を宿したままでいる。
「あなた、オカルトの類に興味はない?」
「え?」
「幽霊とか怪奇現象とか、骨董品店の子なら多少は経験あるんじゃないの?」
想定外の言葉に思葉は当惑してしまった。
顎を引き、両手で手提げを握りしめて矢田を睨みつける。
だが、矢田は特に気にした様子もなく、思葉の警戒を解くように続けた。
「皆藤さん、わたしたちの間ではけっこう有名なのよ。
先輩たちだって、皆藤さんのことは知っている。
前から、あなたをぜひオカルト研究部のメンバーに勧誘したいとさえ話しているの」
「家が骨董品店ってだけで?」
「それだけでも環境が随分違うんだから、一般家庭の生徒よりも素質はあるはずだわ。
それに、あなた観える人なんでしょ?
しかもむやみやたらに怖がらないでそれに向き合っていられる」
思葉はひゅ、と息を呑んでいた。
自分の力を永近以外の誰かに話したことはない。
なのに承知している様子の矢田は明らかに怪しかった。