雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
「どうして、そう言いきれるのよ」
思葉が語尾を鋭くして尋ねると、矢田は笑みを崩さずに言った。
「わたしも観えるのよ、あなたほどじゃないけれどね。
それに、わたしは観える人とそうでない人を、何となくではあるけれど見分けることもできる。
だから分かるのよ、あなたが観聴きできる人だって」
矢田の告白は意外なものだった。
自分と同じように普通の人には観えないものを観ることのできる人はいるだろうと考えていたが、まさかこんなに近くにいるとは思いもしなかった。
「わたしはね、自分の目に観えているものが何なのか気になって調べ始めて、それでオカルトに興味を持ったのよ。
オカルト研究部に入部したのもそう、色んな人達の見解に触れて、わたしなりのものの見方を見つけたいと思ったから。
何も知らないまま、いたずらに怖がるのはおかしいでしょ?
皆藤さんはそう思ったことはないの?」
段々矢田の話が思葉の苦手な分野へと方向を変えてきた。
けれども今は、このまま矢田の話を聞き続けてもいいような気分になっている。
普通でない自分の感覚に戸惑いながら、思葉はふと気がついた。
いつの間にか境内に流れている空気が変化している。
現実とは異なる空間にいるようだった。
「……あたしは、あまり積極的に関わりたいと思わないかな」
「どうして?わたしよりもずっといい目と耳を持っているのに、もったいない」
「もったいないとかもったいなくないとか、そういうことじゃなくて、なるべく近づきたくないの。
あたしには対処できる力なんてないから。
危険なことには極力関わらないようにしているの」
矢田と会話をしつつ、思葉は境内全体へと意識を向けていた。
さっきまでいた現実とのほころびを見つけようと探る。
今の神社は、思葉が以前閉じ込められた櫛の付喪神がつくり出した層とよく似ている。
玖皎はその層の壁が最も薄いところから侵入して思葉を助け出してくれた。
ならば内側からも脱出できるかもしれない。
(ここはおかしい、危険すぎる。
早く道を見つけて逃げ出さなくては……)
そう思っているせいで、矢田への警戒が散漫になっていた。
思葉は矢田が一瞬だけ笑顔を歪に歪めたのを見逃してしまったのだ。