雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
「そんなことを聞いてるんじゃない。
あたしが日本刀を持っていることを知っている人はほとんどいないし、知っている人だってあなたには絶対に教えないはずよ。
それなのにどうして矢田さんは知っているの?
しかも、その日本刀が普通の日本刀でないということも」
「何言ってるのよ、皆藤さん。
皆藤さんが自分から、日本刀を持っていると教えてくれたじゃない」
「嘘よ」
「本当だよ」
「違う、絶対に違う」
思葉は必死に否定したが、まだどこかに、矢田の言葉を信じようとしている自分がいることに気がついた。
はっと我に返って額を押さえる。
その部分は、まるで弱い毒がじわじわと効いてくるように思葉の残りを侵食しようとしている。
なに食わぬ顔をしている矢田を見て、思葉はこれも彼女の術であると悟った。
(あたしを自分の都合のいいように操ろうとしている……破らなければ……護身を……)
思葉は目を閉じて内縛三鈷印を結んだ。
「オン・バザラ・ギニ・ハラチ・ハタヤ・ソワカ」
呪文を口にすると、思葉は薄いヴェールに似た膜に包まれる感触をおぼえた。
自分の中に生じた力が一気に外へ放出する。
その力は思葉を捕らえていた術を切り裂いた。
途端、霞みがかり無理にねじ曲げられていた思葉の心はクリアになった。
本来の彼女だけの意志が戻ってくる。
こちらを護り、害を与えようと狙ってくるものに容赦しない術は、思葉の護り刀に似た性質を持っていた。
思葉は目に力を入れて矢田を凝視した。