雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
くくく、と喉を震わせるように笑って矢田は口元をにやりと歪めた。
「我がなぜ、うぬの日本刀を知っているのか、だと?
当然であろうよ、我はうぬの傷を通してあの忌々しい付喪神を見たのだ」
思葉はとっさに左手を握りこんだ。
ここに受けた傷は、矢田の中にいる何かの仕業だったのだ。
「あのときは邪魔をされてしまったが、最早関係のないことだ。
今更気づいたところで――もう、遅い」
矢田の眼差しが鋭く思葉を射抜く。
ここから逃げ出さなければ。
思葉は棒のように固まっていた脚を強く叩くと、登ってきた石段を目指して走り出した。
だが、その脚はすぐに止まることになる。
そこにあるはずの石段はなくなっていたのだ。
それだけではない、いつの間にか、境内は深い森に囲まれていた。
木間のすぐ向こう側は暗くて見通しがきかなく、不用意に逃げ込めば迷うのは必至であると一目で分かった。
この神社の杜は狭い、目を凝らせば木々のわずかな隙間から街の景色が見えるほどの規模しかないのだ。
(違う、ここはもう、現実じゃないんだ)
自分が矢田によってつくられた層の結界に閉じ込められたのだと確信した。
もうこうなってしまえば、ただ逃げるだけでは脱出できないことはよく知っている。
「鬼ごっこはもう終いか?」
すぐそばで聞こえた声にはっとして振り返ると、目の前に矢田の手が伸びていた。
思葉は素早くかわして矢田の横をすり抜けた。
けれども逃げ場所がどこにもないことはよく分かっていた。
緊張と不安と恐怖で、少ししか動いていないのに息が弾んでいる。
足元からじわじわと絶望が忍び寄ってくる。
「足掻くつもりか?ばかばかしい。
だが、うぬがやりたいのなら好きに足掻いてみればいい。
何をやっても、うぬが恐怖を強く感じるだけで何も変わらないのだからな」