雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕





背後から矢田の嘲笑いが迫ってきて鳥肌が立つ。


思葉はあたりを見回して何か武器になりそうなものを探した。


すると社の反対側、境内の端に木造のこぢんまりとした古い倉庫があるのに気付いた。


その横には一振りの木刀が立てかけてあった。


矢田相手に通じるかはわからないが、丸腰でいるよりはずっとましだ。


走りながら早九字を切り、思葉は木刀を掴んで身構えた。



「ほう、それで抵抗するつもりか?」



にたにた笑う矢田の手には、いつの間にか小ぶりのナイフが握られていた。


怪しくぎらつく刀身に肝が冷える。


足を止めた矢田はふっと表情を消すと、逆手に持ち替えたナイフを振り上げてこちらに迫ってきた。


反射的に木刀で応戦する。


木なら簡単に折れてしまいそうなくらい重い手ごたえがあったが、傷はひとつもついていなかった。


唱えた護身が確かに働いているのだと実感する。


以前玖皎に、層は心的、あるいは霊的エネルギーが強く反映される空間であると教えられた。


現実の場所ではないから、そこでいかなる事象が起こっても、護身さえしていれば被害を受けることはない。



(護身を忘れてはだめだ……心を強く持っていなければ……少しでも弱気になったらつけ込まれる……)



柄を握りなおしたとき、眼前に眩しい光がとんできた。


咄嗟に首をすくめてかわすが、光に触れた前髪がわずかに切り落とされる。


歪に笑い、爛々と目を輝かせている矢田の動きはまったく予測がつかず、思わぬところから刃を向けられる。


剣道を学んでいてよかったと心の底から思った。


おかげでほとんど条件反射に攻撃を防ぐことができている。


けれども、緊張と不安のせいで身体はじわじわと疲労していった。


矢田のナイフが肌や服をかすめる回数が増えている。


ちり、と切っ先が目尻に触れたときはあまりの恐怖に身体が硬直した。


ぶわりと吹き出した冷や汗が背中を伝い、よろめいてしまう。


その隙に矢田に思いきりお腹を蹴られ、思葉は叩きつけられるように賽銭箱に倒れこんだ。


強い衝撃に息が詰まる。




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