雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
天井の灯りを不気味に反射させるそれは包丁だった。
その光には見覚えがあった。
(あ、れ……?)
思葉は一瞬だけ引っかかるものを感じたが、目の前の彼の様子にそれどころではないとすぐに思った。
包丁を目の高さまで持ってきて、にたりと彼が嗤う。
「だから……一緒に死んでくれ」
殺される。
そう理解した瞬間、足元から大きな恐怖が駆け上がってきた。
全身の肌が粟立ち、喉から変な悲鳴が漏れる。
「い、いや……お願い、やめて、お願いだから……」
震える声は確かに自分の身体から発せられているものだと感じる。
しかし、そこに強い違和感を覚えた。
自分の声はこんなにも大人っぽいものだったろうか。
包丁を握り締める彼に、思葉の言葉は届いていないらしかった。
それでも目を覚まして欲しくて、死のうだなんてばかなことをやめて欲しくて、思葉は必死に首を振って拒絶した。
遅れてついてきた長い髪が身体に当たる。
じりじりと距離を詰めてきた彼が、ぐわっと手を伸ばして思葉を捕まえようとした。
思葉は必死に逃げるが、恐怖のあまり緊張する身体は思うように動いてくれない。
髪を鷲掴みされ、思葉は化粧台に倒れ込んだ。
鏡に激突した額をおさえて顔をあげる。
目の前に自分の顔がみえる、額がぱっくりと裂けて血が流れていた。
それが分かって初めて、思葉は自分の顔にかかっていた靄がなくなっていることに気づいた。
けれども曇りガラス越しに見ているようで、肝心の顔のつくりはよく分からない。
だが、強い違和感をおぼえた。
頭の奥で鳴り響く警鐘は、彼だけに対するものではない。
「うあっ!」
ぐいっと髪を乱暴に引っ張られて、思葉は身体を反転させられた。
背中を化粧台に押し付けられる格好になり、右肩には彼の指が食い込んでいる。
「愛してる……愛してるよ、×××」
彼の歪んだ声が聞こえる。
顔はどす黒い墨で塗りつぶされていた。