雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
思葉は息を呑んだ。
数歩後ろへ下がり、キッと玖皎を睨みつける。
今の玖皎の発言で、違和感の正体が分かったのだ。
思葉を呼んでいたくせに、一度も彼が思葉の名前を口にしなかったことである。
そして、今の発言は、名前を大切にしている玖皎ならば絶対に言わないはずのものだった。
「あなたは誰なの」
「何を言っているんだ、おれは」
「玖皎じゃない、玖皎が一度もあたしの名前を呼ばないなんて、そんなの有り得ない。
あたしが危険な目に遭ったときは真っ先にあたしの名前を呼ぶはずよ、それもしつこいぐらいに何度も――」
背中に強い衝撃が走り、思葉はもんどりうって倒れ込むように玖皎の方へとよろめく。
玖皎の羽織にしがみついてどうにか転ばずにすんだが、直後、腹部に燃えるような痛みを感じた。
突然のことに呼吸がしにくくなり、身体も思うように動かせない。
「か……はっ……」
激痛をどうにかこらえて視線だけ下げると、玖皎の手にはいつの間にか、彼の本体である太刀が握られていた。
その刃が思葉の腹部を貫いていたのだ。
溢れた血が刃を濡らし、鐔から足元へと滴り落ちる。
「な、んで……」
「驚かせたかな。でも心配するな。
おまえは術にかけられたせいで、この空間と繋がりがわずかだが生まれてしまったんだ。
断ち切らなければおまえを現世に連れ戻すことはできん。
これはそのための行為だ、安心して意識を飛ばしてくれれば」
「嘘よ」
思葉は悲鳴にも似た声音で玖皎を遮った。
水干をシワができるほど強く握り締め、歯を食いしばり、燃える瞳で玖皎を睨みつける。
いや、最早これは霧雨玖皎ではない。