雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
「偽物の言葉なんて、信じないわ。
あんたは、玖皎じゃない、玖皎の姿をした偽物よ」
「ひどい奴だな、こうして迎に来てやったというのに」
「それなら、あたしの名前を呼ばない理由はなに?
あんたが本物の玖皎なら、呼べるよね」
痛みのせいで呼吸が荒く、途切れ途切れにしか言葉を発せない。
そんな主を見て、玖皎は憐れみと蔑みを混ぜたような目つきで口元を歪めた。
その冷酷な笑みに寒気をおぼえる。
「ああ、おまえの名前は八重垣小百合(やえがき さゆり)だ」
「違う」
「何を言う、自分の名前すら覚えていないくせに、なぜそれが違うと言い切れる。
おまえは八重垣小百合だ、それがおまえの名だ」
「違うわっ!」
思葉は首を振ってその名前を拒絶した。
八重垣小百合、聞き覚えのない名前のはずなのに、耳にした瞬間、身体を激しく揺さぶられるような感覚が走った。
弾みで持っていかれそうになった意識をどうにか取り戻す。
(気を失ってはダメだ……でないと、本当に帰り道を見失ってしまう。
あたしはその名前の人じゃない、それだけは確実だ。
……玖皎の姿を騙っている何かは、あたしをその人だと思い込ませようとして)
ずぐ、と耳障りな音と激痛がして、思葉の思考は中断させられた。
食いしばった歯の隙間から悲鳴が漏れる。
足を伝っていく血の感触が気持ち悪い。
玖皎の偽物が鼻で笑い飛ばし、太刀をさらに思葉の身体へ沈めた。
思葉が柄を握る手に爪を立てても涼しい顔をしている。
「うぬの真の名など、もはや意味をなさないな。
今さらどう足掻こうと無駄なことよ、うぬの戻る場所は始めからここ以外ないのだ」