雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕





口調が、声が、雰囲気が、玖皎のそれとは決定的に違う。


けれども、どことなく玖皎に近いと感じた。



(まさか……玖皎と同じ付喪神?)



ゆっくりと、こちらの意識を削ぎ落とすように動かされていた刃が柄まで到達する。


思葉は付喪神の肩に思い切り噛みついて痛みに耐えた。


肉を食いちぎりそうなほど強く歯を立てているというのに、付喪神は冷ややかな目つきを変えなかった。



「いい加減、もう諦めたらどうだ、楽になってしまえ」



(負けたらダメだ……本当に、帰れなくなる)



必死で自分の名前を思い出そうと考えを巡らせるが、付喪神からの攻撃で頭が働かない。


痛みのあまり、意識が朦朧としてきた。


付喪神は太刀をねじるように回して思葉の腹を抉り失神させようとしてくる。


もう悲鳴を漏らす力すらない。


唇を強くかんでいると、かすみ始めた視界、付喪神の背後にぼんやりと人の形をした白い靄が観えた。


目鼻立ちは女の人のようであり、どこか悲しそうな表情で思葉を見つめていた。


朧げな口元が小さく動くが、何と言っているか分からない。



(誰……?)



ぐるり、と腹部で太刀を思いきり回され、思葉の視界は一瞬だけ真っ白になった。


熱した鉄を押し当てられたような痛みに何も考えられなくなる。


浅い呼吸を繰り返して痛みを逃がそうとするが、その程度で楽になるはずもなかった。


いっそ気を失ってしまいたい――ちらとそんなことを考えてしまってゾッとする。


足元には夥しい量の血が広がっており、これが生身の本物の身体だったら間違いなく死んでいる。


ここが意識だけの精神世界であるからこそ、思葉はこんな状態でも生きていられるのだ。


そしてこの空間での攻撃はすべて幻であるから、『攻撃を受けて、傷を受けていない』と思えば、たとえ串刺しにされようと手足を切り落とされようと痛みを受けることはない。


もっとも、そう考えていられればの話ではあるが。




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