雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
「しぶとい娘だ、まさかここまで抗うとはな、褒めてやろう。
だが、うぬに付き合ってやるほど我は暇ではないのでな、そろそろ方をつけさせてもらうぞ」
付喪神は言い終えると、柄を握る手を力強く下へと押した。
太刀が下腹部へ、同時に背中へめり込まれ、ぶちぶちと肉がちぎれる嫌な音が頭に響き、思葉は膝から崩れそうになった。
付喪神の肩にしがみついているおかげで倒れずにすんだが、そのせいでさらに刃が食いこみ、とてもではないが立っていられない。
喉の奥にまでせり上がってきたものを吐き出す。
錆びた鉄の臭いがして、吐血したのだと理解した。
口に広がる不快な臭いと血の味に一気に気分が悪くなる。
もうダメかもしれない。
ここから逃げることはできないのかもしれない。
足元からじわじわと絶望感が絡みついてくる。
倒れるまいと水干を握り締め直したとき、ふと月白色のきれいな長い髪が視界に入った。
水干と一緒に一部分だけ、思葉の吐いた血のせいで、左肩からたすき掛けしている朱色の紐と同じ色に染まっている。
(玖皎、どうして、どうして助けに来てくれないの)
昨日の一件を思い出す。
腕の傷に苦しめられた思葉を、玖皎は真っ先に支えてくれた。
何度も名前を呼んで安心させてくれて、腕にかけられていた咒を解いてくれた。
(お願い、玖皎、助けて……呼んで、あたしの本当の名前を……
―――本当の、名前?)
鈍くなってきていた思考の中で、本人から教えられた玖皎の真名を思い出した。
千年以上前に琴姫が与え、思葉だけが呼ぶことを許された本当の名前だ。
それならば、もしかしたら、玖皎に届くかもしれない。
(お願い、届いて)
思葉は奥歯を噛みしめると両足に力をいれた。
意を決して上を向いて深く息を吸い込み、一縷の望みをかけてその名前を叫んだ。